デンパリキュールさん

サイト解説記念SS

継投
 
 
 
 
 寺岡薫から連絡を受けた加藤理香は、彼女が指定した公園のベンチに腰掛けて、寺岡の到着を待った。
 もう季節は冬。それも夜中となれば頬を撫でる風は冷たい。
 その寒さも、ここ数年になってから随分と辛く感じられる気がする。
 それに対して、年は取りたくないものだ、という考えも、今の彼女は持っていない。
 もうそんな考えは何年も前に捨て去った。
 
 寺岡と最後に会ったのも、何年も昔である。彼女が和桐製作所で働いていた頃よりも昔。
 その後、彼女が和桐で働くようになって五年も経たないうちに、和桐製作所で爆発事故が起こった。
 原因は工作機器の暴走で、工場は跡形も無い程の衝撃を受け、製作中の物も全て吹き飛んだ。
 そして、従業員が全員亡くなるという、最悪の事故。
 当然、その中には寺岡も含まれていた。
 
 だが、彼女は普通の人間ではない。
 和桐製作所が普通の工場で無い事も知っている。
 そこで作られようとしていた小型バッテリーが、どれだけ重要なものかも知っている。
 もしかしたら……そう考えて、何年も時間が経った。
 その推測は、間違っていなかったのだ。
 
 
 
「師匠……」
 か細い声が公園の出入口から聞こえた。
 寺岡薫だ。
 予想はしていたが……そこにいる彼女は、昔と全く同じ容姿、老いの無い顔つきだった。
 彼女は加藤の側に小走りで駆け寄ると、ぺこりと一礼した。
 
「師匠、ご無沙汰しています」
「全くよ。何年経ったと思っているの?」
 加藤は口を斜めに傾けながらそう言い……だが、すぐに寺岡の肩を軽く叩いた。
「でも、良く生きていたわ」
 
 寺岡は、やはり昔と変わらない、屈託の無い笑顔を返した。
 
 
 
「師匠、せっかくですけれど、長話はできないんです」
 彼女はそう言うと、ポケットから一枚のディスクを取り出した。
 それを、相手の承諾も得ず、無理矢理加藤のコートのポケットに押し込む。
「ちょ、ちょっと?」
「目星は付いていますよね? ……小型バッテリーの資料です」
 やはり、そういう事だった。
 加藤は唾を飲み込む。
 自分の命なんぞよりも遥かに重いディスクが、今、ポケットに入っているのだ。
「じゃあ、やっぱり工場の爆発も、貴方が消息を隠していたのも……」
「ええ、狙われているんですよ。参ったなぁ」
 寺岡は大して困っていないような表情で頭を掻く。
 
「師匠と私の接点も、奴らは既に調べているでしょうけれど、
 師匠のパトロンも相当な人ですよね?
 私が研究を続けるよりも、師匠が続けてくれた方が完成する可能性が高いと思うんです」
「受け取るともいっていないのに、よくそんな事言えるわね」
「でも、受け取ってくれるんでしょう?」
 
 
 
 加藤は大きく嘆息した。
 それからポケットのディスクを取り出して一瞥すると、またポケットに戻す。
「客観的に答えて欲しいんだけれど、これ、私が完成させる事ができると思う?」
 寺岡は首を傾げて僅かに考え込んだが、申し訳無さそうに加藤の表情を覗き込み、おずおずと答える。
「その……師匠一人では難しいかもしれません……」
 
 加藤はまた嘆息する。
「でしょうね。私一人でも限界があるもの……。
 そうだ、息子にも手伝わせようかしら」
「えぇっ? し、師匠、お子さんがいるんですかっ?」
 寺岡は大きく目を見開き、裏返った声を上げる。
 
「そこまで驚く事無いでしょ。子供といっても養子よ?
 ちょっと仕事の関係で色々あってね。元々はメカニックなんだけれど、
 研究者としてもある程度の知識はあるし、将来有望な子よ」
 
「有望、ですか。師匠が言うのなら相当なものなんでしょうね」
 寺岡は胸を撫で下ろしながらそう言い、不意にポケットに手を突っ込んで携帯を取り出した。
 受信メールを一瞥しているようだったが、すぐに携帯をポケットに戻す。
 どことなく彼女の顔つきに険しさが現れた。
 
「それでは、これで」
 それだけ短く言うと、彼女は加藤の返事も待たず、来た出入口に駆け出していった。
「ちょっと! また連絡入れなさいよ!」
「あははぁ〜。無理ですよ〜」
 振り返らない彼女の口調は、最後まで明るい。
 そのまま、寺岡の姿は見えなくなった。
 
 
 加藤は小さく首を横に振り、寺岡の向かった出入口とは反対の出入口に向かって歩き出した。
 彼女はあれでいて、責任感が強い事を加藤は知っている。
 その寺岡がディスクを自分に渡したという事は……もう先は無いのだろう。
 そして、それだけ自分が信頼されているのだろう。
 応えなければいけない。
 
 加藤は一度だけ振り返り、強い口調で呟いた。
「通りすがりのサイボーグさん、あとは任せなさい」