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白雪山妖怪物語
この世に生を受け、孤独を共に日々送る
人と交わらず、彼一人歩きけり
道は冷たい涙の凍り道
それは悲しき物語
白雪山妖怪物語
凍り道を外れ、孤独と別れようとする
人に在らず、その別れ模様
道は人道を外れた錆びれ道
それは悲しき物語
白雪山妖怪物語
錆びれ道の外、手を差し伸べるものあり
人の温かみ、求めていた気持ち
道はしかし暗く修羅の道
それは悲しき物語
白雪山妖怪物語
あぁ哀れ妖怪物語
その一報が火竜の忍びである主人公の元に届いたのは、火竜が忍びの里を統一して十日程経った時だった。
――白雪山に、最近『涙の妖怪』が出現して、山に山菜取りに出かけるいろは村の村人を襲う――
それは、今までも他の村の村人から受けた相談と同様のものであり、
村を従える火竜としても、その相談を解消するのは当然の任務であった。
また、当然の任務という事は、普段の任務と比較しても大して難しい事ではない。
「そうは言っても、やっぱり気になるんだよな」
白雪山の麓まで来た主人公は、その山を見上げながらそう呟いた。
「気になる、でやんすか?」
同行していた凡田が言葉を鸚鵡返しにする。
「うん、だって今までのこういう相談は、まだ妖怪がはびこっている地域への征伐だったろ?」
「そうでやんしたね。あ、今回は……」
「今回の白雪山は一度妖怪を倒して火竜の領地になっている。
多少の残党は残っているとしても、大抵は村人で対処できるレベルの敵だ」
そう言って凡田の方に振り向く。
凡田の傍には、他に同じ火竜の忍びである森本とひでこが立っている。
主人公は全員を一瞥し、言葉を続けた。
「とすると、今回は対処できないレベル……相当な妖怪がいるのだと思う。
更に、妖怪が沸くはずの無い土地のはずだし……
正直な所、今回は何が起こるか分からないよ」
「あ、だからこの辺りに詳しい私達で、今回の任務を担当するのですね」
ひでこが口を開く。
「そういう事」
こくりと頷いた。
本当は、前に火竜に属していた畑山という忍者の方が、この任務には向いている。
だが畑山は、配下にした後に身包みを剥ぎ、火竜から追い出してしまった。
必要なものだけ採取して切捨てた事になるが、忍びとしては当然の行動だ、と主人公は思っている。
それから再度、白雪山に向き直る。
白雪山は山頂の気温が低く、その名の通り、傘を被ったように雪が山頂に降り注いでいる。
もっとも、妖怪が目撃されているのは比較的低い位置での事であり、今回の任務には特に影響が無い。
「行こうか。俺が最後尾に立つから、森本は先頭を頼むな」
「キーッ」
相変わらずの低い声で森本が返事をした。
森本に先導され、一行は山菜などの多く採れる付近を歩いて回った。
村人が採取できない為であろうか、季節の山菜は相当な量が刈られずに残っている。
3時間ほどかけて、山を一回りしたが、涙の妖怪と思わしき者はおろか、市松人形さえも出現しない。
仕方がなく、山菜の生産地から離れた山頂部付近へと調査範囲を広げる為、
休みなしでそれから山登りが行われる事になった。
「それにしても、涙の妖怪ってどんな奴でやんすかね?」
任務中であり、普段は凡田もこういう時に無駄口を叩く事は少ないが、
いい加減歩くのに飽きたのだろうか、不意にそう言葉を漏らした。
「確かに抽象的ですよね。水の妖怪なのでしょうか?」
「どうだろうな。俺も『涙の妖怪』が出るとしか聞いて……」
今度は最後尾から主人公が言葉を返そうとするが、最中に低い唸るような音が聞こえた。
一瞬だけ身構えたが、すぐにそれが天を覆っている曇からの雷鳴と知って、両肩の緊張を解く。
それからすぐに、その両肩にぽつぽつと雨が落ちだした。
「……天気が危なくなっているな。場所が場所だけに雷が落ちると危ないぞ」
「キー、キーキー!」
主人公の言葉に森本が反応し、山の更に奥を指差す。
今から山を降りるのは危険だし、こういった時は少しでも近くの安全な場所に向かった方が良い。
もう少し行った所に洞窟があるから、そこに避難しよう、との事である。
この一帯を最も知る森本の言葉である上、一理ある提案である為、誰も異論を唱えなかった。
一行は駆け足で洞窟に向かいだしたが、それと同時に雨が次第に強くなる。
3分程で全員が洞窟に駆け込む事が出来たが、もうその頃には雨は、当たると僅かな痛みを感じる程の強さとなっていた。
当然雷鳴は幾度も鳴り響き、稀に地が僅かに揺れるのも感じ取れる。
森本の判断をすぐ実行に移して良かった、と主人公は胸を撫で下ろした。
「……ここに避難でやんすか」
走っているうちに最後尾となった凡田が、荒れている息を整えながら、洞窟内を一瞥する。
その言葉に、主人公とひでこも反応し、同じく洞窟内を見回した。
一見した限り、洞窟はあの時……ひでこや村の女性が畑山にさらわれた時と変わってはいない。
地下深くまで続き、牢などの空間もあるからには、人工的に作られた洞窟なのだろう。
そうなると、とりあえず落盤といった心配はせずに済む。
「まぁ、そう言うなよ。しかし、丁度良い所にあったもんだよな」
主人公が何気なく奥の方に足を運びながら呟く。
歩くたびに、カツンという高い足音が響き渡った。
「……今、何か音がしたでやんすか?」
「俺の足音」
「いや、それとは別でやんす。音というより今のは……」
「あ、私にも聞こえました。人の声のような……」
凡田の言葉にひでこが相槌を打つ。
一行は思わず顔を見合ったが、もう誰も口を開こうとはしなかった。
ただ一心に耳を澄ます。
確かに、人の声……誰かがすすり泣くかのような声が、洞窟の奥から僅かに聞こえていた。
「きっと逃げられなかった女の子でやんす!」
沈黙を破ったのは凡田だった。
声を上げながら、凡田は洞窟の奥へ向かって走り出す。
どう考えても、他の子が逃げたのに数十日も残っているという状態は無いのだが、
最初に思いついた状況に、思考が薄らいでしまったようである。
「お、おい凡田君、そんなわけは……」
主人公が止めようと声を掛けたが、もうその頃には凡田は暗闇に隠れて見えなくなっていた。
三人は慌てて凡田の後を追いかける。
そして、その行動は正しかった。
すぐに闇の奥で、凡田の甲高い悲鳴が響いた。
「キーッ!」
森本が鋭い口調でそう言う。
その言葉に主人公は頷き、壁に突き刺さっている松明に向けて火遁の術を使った。
炎は一列に並んでいる松明をすぐに撫で、一気に洞窟の奥が見渡せるようになる。
そしてその奥には、攻撃を受けたのか、地に突っ伏している凡田と、
人の形をしたような海坊主が一体立っていた。
「……多分、奴だ」
忍び刀を抜きながら主人公が言う。
森本、ひでこも主人公と横に距離を置き、それぞれの武器を手にして、海坊主……涙の妖怪に対峙する。
それを待っていたかのように、涙の妖怪は主人公に向かって真っ直ぐに向かってきた。
その速度は海坊主の比ではない。予想外の高速移動である。
どうしても海坊主をイメージしていた主人公は、敵の体当たりに対して受身を取って倒れるのが精一杯だった。
そこへ涙の妖怪が腕を掲げる。
掲げられた腕は鋭い刃物のように形を変え、すぐさま主人公に向かって振り下ろされた。
主人公は横転してそれをかわす。
更に追撃、そして横転。
森本とひでこの手裏剣が飛んだ。
涙の妖怪が刃物の腕でそれを打ち落とす。
その間に主人公は体勢を立て直し、膝をつく事ができた。
だが、再度涙の妖怪が突進してくる。
また横転し、今度はすぐに体勢を立て直して立ち上がる。
「狙われてます」
傍にいたひでこがそう呟き、一歩前に出る。
「分かってる」
言葉を返し、涙の妖怪に対峙したまま後ずさる。
そのまま壁に背中を合わせた所で、涙の妖怪も振り返って体勢を立て直した。
三度目の突進。あまり知性は無いようである。
「かまいたちだ!」
主人公は大声でそう叫びながら、大きなモーションでやはり横転して突進を交わす。
その言葉に反応した森本とひでこは、即座に涙の妖怪に向けてかまいたちの術を放った。
涙の妖怪にダメージはあまりないようであった。
しかし、風が邪魔をして身動きが取りにくいのだろう。涙の妖怪の反転行動の速度が鈍る。
「はっ!」
丹田に力を込めて、主人公が鋭い声と共に火遁の術を放つ。
火遁の術は風に乗って威力を増し、すぐに涙の妖怪を火達磨にする。
「ア、アアアアアッ……!」
涙の妖怪が、まさしく人外の不気味な断末魔の雄たけびを上げた。
両膝を付き、のた打ち回って火をかき消そうとするが、火の威力は強くて効果は無い。
「やりましたね!」
ひでこが駆け寄ってきた。
「うん、やったね」
主人公は大きく息をついて返事をする。
「キーッ!」
森本も駆け寄る。
「うん、大丈夫。怪我は無いよ」
主人公は森本に笑顔でそう言う。
「外道……め……」
「うん、外道……っ?」
二人の後に続けられた声に思わず返事をした主人公の口調が裏返る。
奥で倒れている凡田を見やったが、まだ彼は気を取り戻していないようだ。
「独り……もう……死ぬ………のか………」
再度声が聞こえる。
今度は、はっきりと声……そして発生源を確認できた。
段々と動きがにぶくなっている涙の妖怪のかすれた声だった。
だが、聞き取る事が出来たのはそこまでで、それから発せられたのは、もう言葉にもなっていない呟き、
しかし、主人公を呪い殺そうとするかのごとく、力強い悪意の篭った呟きであった。
動きがにぶくなるのを追うように、その声も段々と小さいものになる。
そして、動かなくなり、言葉が消えゆくのと同時に、涙の妖怪の身体から薄い霧が出現した。
霧に撫ぜられた火は、瞬時にその勢いを失い、沈下する。
そのまま広がった霧に隠れた、涙の妖怪の水で出来た身体は、次第に人間の身体へと変わる。
全身が完全に人間の男性の裸体となり、同時に霧が消滅するまで1分とも掛からなかった。
もうその人間は微動だにしない。
口も利かなくなった。
主人公はその死体の前まで足を運び、顔を覗きこむ。
知った顔だった。
――俺達の仲間にならないか?――
――一緒に戦うよ――
――今日から、お前は俺達の仲間だ!――
――城に帰ろう!――
――これ、使ってくれないかな?――
主人公は大きく嘆息し、天を仰いだ。
「主人公さん」
いつの間にか隣に来ていたひでこが、主人公の様子を伺うように呟く。
彼女も、この男の事は覚えていた。
「……ひでこちゃん、凡田を起こしてきてくれるかい?」
ひでこの言葉に反応した主人公は顔を下ろし、洞窟の出口に身体を向ける。
だが、ひでこは何も言わず、主人公と男の死体を交互に見た。
「ひでこちゃん。任務は終わったんだ。その死体に気を使う必要は無い」
洞窟の外でまだ叩きつけるように降っている雨を眺めながら、主人公はそう言った。
どこから沸いた名前なのかは分からないが、涙の妖怪とは言い得ている。
人で在らざる存在……妖怪に身体を売ったのだろう。
何の為に?
復讐。
錆びれ道から引き上げた上で、彼を地の底まで叩き落した自分への復讐。
この雨は、彼の涙なのだろうか……。
それでも、主人公は言葉を続けた。
「俺達は忍びだ」
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