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――黄泉人。
それは、森羅万象を操って天変地異を引き起こすような、人々に災厄を与える存在。
記された古文書の纏め方が偏っていたのか、事実そうであるのかは不明だが、安土桃山時代に多くの存在が確認されている。
その呼び名は、黄泉人が扱う力が語源となっており、使い手が人ならざる者という事ではない。
故人である天本セツ、その孫の天本玲泉と、四柳知佑も黄泉人である可能性が高い。
また、四柳を襲撃した黄無垢と猿の獣も、黄泉人に関与していると見られる。
その存在は一般には知られておらず、四柳らが知る限りでは、日の出神社の古文書に細々と伝わる程度である――
――死力。
黄泉人が使う、際立った感情が形になった力。
死をもたらす程の人知を超えた力である為に、この様な呼び名となっている。
その力は神業奏の三つに区分できる。
神。亡き者に命を与える神の如き力。使い手はごく少数だが、四柳がこの力で河島を生み出した可能性がある。
業。自身の行為を指す力。身体能力の向上が該当する。
奏。思いを伝える力。自然や動物等を操る事ができ、天本玲泉が使う。黄無垢も同じ力なのではないかと思われる――
――呪い。
元々は天本セツが、自身の恋人であった河島廉也の無念を晴らすべく、日の出島野球部に発破掛けとして行った行為。
最もダメージの大きい効果としては部員の消失が挙げられるが、野球部が甲子園大会に出場した後日、消えた部員らは戻ってきた。
しかしながらセツの没後、再び部員と顧問である田中深雪の消失、それと幾つかの妨害活動が確認されている。
新たな呪いの使い手は不明だが、黄無垢らがこの件に絡んでいる可能性が考えられる――
「とまあ、こんな所でしょうか」
「「「「おおー」」」」
昼休みの空き教室。
認識の統一の為に教壇に立った天本玲泉が、改めての説明を終えると、
それを聞いていた四柳、河島、大神、唯の四名は感嘆の声を漏らした。
「お粗末さまです」
天本は苦笑しながら教壇から降り、皆の近くの席に座る。
「しかし、まさか先輩らも黄泉人だったなんて」
「すまんな、切り出すタイミングが無かったんだ。
それに、現状では『かもしれない』ってだけだけれど……」
「ああ、責めてるんじゃないんですよ。でもこうなると、もう何が起こっても信じます」
この日、初めて河島の出現を知った大神が、力なく首を左右に振る。
また一つ明らかになった怪奇現象に多少気疲れを感じているようであった。
「ホント、昨日は驚いちゃったわ。
こうして改めて見ると、二人ともソックリよねえ」
唯が四柳と河島の顔をまじまじと眺める。
昨日こそ狼狽していた彼女であったが、大神に比べれば、この事態に柔軟に適応しているようである。
「こんな奴とそっくりなんてやめてくれよ」
「全くだ。こんな軟弱現代っ子と一緒にされては困る」
「なにをう!?」
「やるかっ!?」
同じ顔の二名が喧嘩を始めた。
なんとも子供じみた剣幕である。
「まあまあ、お二人とも」
そこを天本がなだめる。
「むう……」
不満そうな声こそ漏らしたが、先に相手から視線を外したのは河島だった。
彼女の制止も受け入れずに食って掛かるものだと思い込んでいた四柳は、拍子抜けした様子で彼を見る。
(あらら……一方的に人の家に住み着く我侭野郎が、
はじめて口を利く人の言葉に、随分素直に従うもんだ)
そこまで考えて、思い至った。
(……そっか。そういや、天本さんの祖母のセツさんは、こいつの恋人だったんだっけか。
もしかして、若い頃のセツさんにソックリで、照れているとか?)
四柳の脳内に、天本セツの顔が浮かび上がった。
しわも白髪も年相応だが、髪型や体格は天本玲泉と大差無い。
妄想のセツのしわが一つ一つ消える。
肌につやが戻る。
髪が黒くなる。
だんだんとに若返る。
やがてその姿形は、天本玲泉そっくりに……
(うええっ!! 自分で想像しといてヤんなったぞ。
それじゃ、天本さんも将来はセツさんみたいになるって事じゃないか)
(人が大人しくしていれば、何を考えとるのだお前は)
表情を曇らせる四柳に、河島が呆れた思念を送ってきた。
黄泉人奇譚
師走九日(月)「さらば山田平吉」
「さて、今後の方針ですけれど……」
四柳らが落ち着いたのを見計らうと、天本が話を続けた。
「明日の放課後にでも現場検証といきませんか?」
「現場って言うと……私達が襲われた場所?」
ユイが尋ねる。
「ええ。現状のままでは黄泉人の接触を待つしかなく、
接触されても、昨日のように襲われる一方では、手の打ちようがありません。
現場を見て、何か次に繋がるものを探すというのも一案かと思うのです」
「ふむ。良かろう」
「そうだな。僕も見ておきたい」
河島と大神が同意する。
四柳も異論は無かった。
だが、首を縦に振らずに神木唯を一瞥する。
彼女は顔をやや伏せていた。
「唯さん、怖かったら無理しないで良いんだよ」
優しく声を掛ける。
その言葉に、彼女がハッと顔を上げた。
「唯さんも野球部関係者だけれど、だからといって呪いの正体を探る義務なんかないし、
そもそも野球部が標的だと決まっているわけじゃないしさ」
「四柳君……」
彼女の顔が赤らんだ。
だが、その赤らみを隠すかのように彼女は首を大きく左右に振る。
「……大丈夫! 今度襲われたら逆にやっつけちゃうから! それに……」
「それに?」
「はじめからアテにしてるわけじゃないけれど、もしもの時は四柳君が助けてくれるんでしょ?」
満面の笑みでそう聞かれた。
実に愛らしいものである。
「お……おう!」
一瞬狼狽えるもも、力強く返事を返す。
なんとも、仲の良さそうなやりとりである。
「……あら、頼もしいですね」
そこへ天本が言葉を挟んだ。
その言葉に反応して彼女を見やると、そこには、唯に負けず劣らずの笑みが浮かんでいた。
だが、ただの笑みではない。
彼女は時折、感情を隠すような笑みを浮かべる事があるが、それでもない。
今は、笑顔の下にある何かを隠そうともしていない。
それは、すなわち……
(こ、この重圧なんだ?
確かに笑っているんだけれど、どこか怖いというか……)
(な、内心嫉妬しておるのではないか?
何か、周囲で嫉妬の炎が燃え上がっているような気もするぞ)
同じく、笑顔の裏の圧力を感じた河島が思念を送ってくる。
(嫉妬って、天本さんが俺の事を?
た、確かに何度も遊んだ事はあるけれど、
天本さんは嫉妬とかそういう事とは……い、いや……)
なおも押し寄せる天本の圧力に気おされながら、ふと思い至る。
(天本さん、思い込んだら一途というか、意見を貫くような所があるからな。
しかし、俺に? むむむ……)
「と、ところで四柳先輩!」
大神が声を張り上げた。
四柳の名前こそ呼んでいるものの、瞳はやや天本の方に寄っている。
どうやら彼も、三人を取り巻く空気を感じ取ったようであった。
「先輩、河島さんに憑依されたら人間離れした力が出たって本当ですか?」
「お……おう、あれな。あれな!」
大神の言葉に頷く。
同時に、内心大神に礼を述べながら言葉を続ける。
「本当なんだよ。いや俺もびっくりしたなあ……河島も知らなかったんだよな」
「うむ。咄嗟に憑依してはじめて気が付いた事だ。
正直な所、お前の黄泉人としての力で生み出されたと言われても得心できぬが、
憑依する事であのような力が出せる事を考えれば、ない話ではないのかもしれぬな」
「確かに、河島を生み出せるような常識外れの力なら、そんな能力込みでもおかしくはないね。
あくまでも、本当に俺が黄泉人なら、だけれど……」
苦笑しながら首を捻る。
(……やっぱり、自分が黄泉人ってのはまだ信じられないな。
天本さんの力も見たし、そういう存在や力がある事は信じる。
けれど……本当に俺も黄泉人なんだろうか?
俺は一体……ぬおっ!?)
突如発生した身体の違和感に、思考を止める。
意識していないのに、勝手に右腕が動いた。
気が付けば、河島の姿が見当たらない。
「お、おい、河島、どこに……もしかして!」
(ああ、口で言うよりもやってみせた方が分かりやすいと思ってな)
心中に河島の思念が浮かび上がる。
いつの間にか、勝手に憑依されていた。
「馬鹿! 気持ち悪いんだからやめろよ!」
(何を言うか。黄泉人に襲われた時には戦わねばならんのだ。
憑依に慣れておく事は重要ではないか?)
「だ、だからと言って……」
「四柳君、いきなり独り言なんてどうしたの?
あ……河島さんが突然消えたし、もしかして……」
「あ、ああ。河島が憑依してきたみたいだ……うおっ、やめろっ!」
唯に事情を説明している最中、河島が勝手に四柳の身体を動かし始めた。
それに抵抗して、四柳も自分の意志で身体を動かそうとする。
(うぬっ!? ここは俺に慣れさせぬか!)
「やめろよ、俺の身体だぞ! やるなら俺が動かす!」
(ええい、若輩者は黙れ!)
「なぁにが若輩者だ! 同年代のくせに!」
河島がまた動かし返す。
四柳が抗う。
二人の主導権争いは、いつしか怪しい踊りへと変貌を遂げていた。
「あっちゃあ……」
大神が顔を覆う。
「これは、お二人の呼吸を合わせる必要がありますね」
天本も苦笑しながら怪しい踊りを眺めた。
その時である。
「みんな〜、こんな所でなにしてるでやんすか〜?」
間延びした声と共に、唐突に教室の扉が開かれる。
四柳の同級生にして元野球部員の山田平吉が姿を現した。
そのタイミングがまずかった。
「(ぬおおおおおおおっ!?)」
扉の前には四柳がいた。
彼の制御不能の状態の腕が、たまたま扉の方に振られたのである。
その腕は、扉をノックする程度の勢いで軽く山田の懐に吸い込まれた。
そして……
「ふぎゃああああっ!?」
ドンガラガッシャ〜ン!!!
山田平吉はもんどりうって廊下に弾き飛ばされた。
壁に背中を叩き付け、首がガクンと落ちる。
「な、なんなんで……やんす、か……」
途切れ途切れにそう言葉を漏らして、山田は気を失った。
「う、うわっ。大丈夫かな?」
唯が廊下を覗き込みながら心配そうに呟く。
「一瞬の事でしたから、多分適当に言い訳すれば、なんとか……」
大神が返事をする。
「い、いや、それもそうだけれど、山田君自身も……」
「さらば、山田君」
四柳が諦めたように首を左右に振り、静かに合掌した。
河島も同じような行動をとったようで、若干のずれはあったものの、合掌自体は問題なく行われる。
妙な所で気が合う二人であった。
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