(よ〜つ〜や〜な〜ぎ〜)
(……パクパク)
 
(と〜も〜す〜け〜)
(……モグモグ)
 
(め〜し〜く〜わ〜せ〜ろ〜)
(……ムシャムシャ)
 
(う〜ら〜め〜し〜や〜)
 
(でええいっ! うるさいっ!!
 皆もいるんだから、食わせられるわけないだろうっ!!)

 
 そんな強い思念と共に、四柳は両手を机に叩きつけて立ち上がった。
 
 だが、先程から四柳にちょっかいを出している河島の姿は、四柳以外は誰も見る事は出来ない。
 つまりは、四柳が一人で勢い良く立ち上がっただけ。
 そうなると、当然の事ながら……
 
 
「「「「「………」」」」」
 クラスメート達が驚いて、一同に四柳を見る。
 
「あ……あははー……。
 ちょっと背伸びなんかを、と……」
 後頭部を掻き、視線を避けるように身体を丸めて着席する四柳であった。
 
 
 
 
 
 昼休みである。
 学生の誰もが待ち望む時間である。
 四柳にとってもそれは同様であった。
 だが、河島が来てからは別である。
 彼が連日の食事を催促する為に、疲労感を覚える時間となっていた。
 
 
(そもそも食わなくても大丈夫だってのに「気分の問題」と懇願するから、
 たまに俺の部屋で食わせてやってるじゃないか。あれで十分だろ?)
(馬鹿者。良い気分は何度でも味わいたいものだのだ)
 胸を張る河島。
 
(この間食ったフライドポテトとやらは良かったな。
 あれ、また食わせてくれぬか?)
(お前が静かにしてくれたら考えとくよ……)
 四柳は憮然とした表情で、窓の外を眺めた。
 
 グラウンドでは、見知らぬ男子生徒達がサッカーに興じていた。
 彼らの髪が立っているだけでも風に流れている辺り、風は強いようである。
 窓越しに風の寒さが伝わったような気がして、四柳は僅かに肩を震わせた。
 
 
 
(風、かあ)
 弁当に向き直りながら、ぼんやりと思い出す。
 先日の獣。
 風を操ってその獣から助けてくれた黄無垢。
 そして、天本玲泉が語った『黄泉人』と、思いを形にする能力『死力』。
 
 
(まだピンとこんのか?)
 河島が食事の話をやめて尋ねてくる。
(ん。……まあね。
 そりゃ襲われたのは事実だし、
 あの天本さんが言う事だから嘘とも思わないけれど……やっぱり非現実的すぎてさ)
 
(分からなくもない感覚だが、信じる他あるまい。
 セツさんの呪いだって信じたのであろう?)
(うん、そうだ。今回の件も少し落ち着いたら飲み込めると思うよ。
 お前の事も含めてな)
 そう思念を飛ばして、残っている弁当を次々と頬張る。
 河島は羨ましそうにその光景を眺めていたが、
 やがて中身が無くなれば、さすがに諦めもついたようであった。
 
 
 
 
 
(……食い終わったか。
 さ、どうするのだ? 黄泉人とやらを探しに行くか?)
(んー、問題はそこなんだよね)
 四柳は眉をひそめた。
 懸念点を河島に送る。
 
(……ふむ。黄泉人が誰なのか思い当たらない以上、探すアテがない……と) 
(そう、探すアテがない。
 だから俺達にできる事は、相手が姿を現したら真相を問い質す事位だよ)
(だが、また野球部の誰かが、神隠しか何かに遭わないかって所は注意した方が良いな。
 そもそも、本当に野球部が対象なのかどうかもまだ分からぬが)
(そうだね。そこは注意しよう)
 
(……待つしかない、か)
 河島が難しい顔をする。
 だが、すぐにその表情を崩してこう付け足した。
 
(なあ、フライドポテトを撒いておびき出すというのはどうだ?)
(お前じゃないんだから)
 すかさず突っ込む四柳であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
黄泉人奇譚
 
師走五日(木)「ポニーテールを結んだ可愛いあの子を」
 
 
 
 
 
 
 
 
 空の弁当箱をいつまでも机の上に置いても、河島から恨み言葉を投げかけられるだけである。
 四柳は椅子に座ったままの体勢で、机の横に提げられた鞄に弁当箱をしまおうとした。
 
 
「ねえねえ、四柳君」
 そこへ、頭上から声を掛けられた。
 首だけを動かして上を向くと、ポニーテールの神木唯の顔があった。
 
 
「四柳君、最近ちょっと変じゃない?」
「そ、そう?」
 苦笑しながら顔を上げる。
 嫌な予感がした。
 
「うん。さっきの事もそうだけど、授業中、何もない所をボーッと眺める事もあるし」
「あ、いや、それは……」
「それはズバリ、あれね!」
 唯がズズッと顔を寄せてきた。
 同時に、人差し指を立てた手を挑戦的に向けられる。
 四柳は思わずのけぞってしまった。
 
 
 
 
「プロ入りの準備で色々と大変なんでしょう!?」
 自信満々の唯。 
「ふえ?」
 一方の四柳は間抜けな声を漏らす。
「だから、球団さんとの打ち合わせとかで疲れてるんじゃないのかな、って……
 あらら、もしかして違った?」
「……あ。いやいや、そうそう! そうなんだよ。
 いやあ、やっぱり唯さんには隠せないなあ」
 慌てて相槌を打つ。
 確かにその事でも忙しくはあったが、最近の怪奇現象の連続で、すっかり頭から抜けていた。
 
 
 
「うんうん、やっぱり私の予想通りね。
 そうよねえ、平田先生が色々と助けてくれるとはいえ、
 契約する四柳君が理解できないと、先に進まない話だものねえ」
 四柳の相槌を受けて、唯はこくこくと頷く。
 
(平田先生?)
 聞き覚えの無い名前に河島が片方の目を細める。
(体育の先生だよ。みゆき先生が消えた後は、
 平田先生が前々から野球部顧問だったって事になってるみたい)
(なるほど。融通がきくものだな)
 
 
「それでも四柳君、頑張らなきゃ駄目だからね?」
 なおも唯は言葉を続ける。
 また河島との会話に気を取られていた四柳は、曖昧に頷いた。
「え? あ、うん」
「……そんな生返事じゃ頼りないなあ」
 唯の声は不満げだった。
 
 彼女は立ち上がって、四柳の目の前で膝を折り曲げる。
 何をするのかと考える間もなく、彼女は突然、自身の両手で四柳の両手を覆ってきた。
 
 
 
「ゆ、唯さんっ?」
 四柳の声が裏返る。
「四柳君は、私達の代表なんだから」
 だが唯は恥ずかしがる素振りも見せず、上目遣いでそう告げる。
 彼女は満面の笑みを浮かべていた。
 
「私達日の出高校野球部の……と言っても私はマネージャーだけどさ。
 野球部の代表なんだから、絶対にプロでも活躍してよね。
 ……ううん。それだけじゃない。
 野球部とか関係無しに、私個人としても応援してるんだから!」
 唯は元気にそう励ましてくれた。
 明るい声だった。
 暖かい手だった。
 
 不思議と、四柳の心中は穏やかになった。
 彼の心を最も騒がせているものは、プロ入りの事では無く、黄泉人達の事である。
 彼女の励ましとは関係の無い事だ。
 それでも……そんな関係の無い不安まで吹き飛ばしてくれるエネルギーが、彼女から流れ込んでくる気がした。
 
 
 
「……おう、任せとけ!」
 そっと彼女の包みから手を抜き取ると、片腕を胸元で力強く掲げてみせる。
 その返事に満足したのか、唯は親指を突き立ててエールを送ると、教室の外へと立ち去っていった。
 
 
 
 
 
 
(おー、お熱いのだなあ)
 その様子を眺めていた河島が冷やかしてくる。
 急にばつが悪くなった四柳は、顔を赤らめながら河島から目を逸らす。
 
(そ、そんなんじゃないって……)
(何を言うか、あれだけ見せつけおってからに)
(いや、唯さんとは確かに仲は良いよ。
 それでも野球部の主将とマネージャーの関係以上には……)
(マネージャー? なんだそれは)
 河島が質問する。
(会計役兼練習補佐役……みたいなものかな。
 唯さん頑張ってるんだぞ。自分も引退したらマネージャーがいなくなるからって、
 今でも現役マネージャーで……あっ)
 
 自分で発したその思念に、ふと気づかされた。
 彼女は、現役マネージャー。
 元の付かない立派な野球部関係者。
 つまりは……
 
 
 
(ふむ。黄泉人の狙いが野球部であれば、彼女が標的になる可能性も十分あるな)
(そういう事になるな)
 四柳は無意識に頷いた。
 
 
 ふと、思う。
 河島に主張した通り、神木唯との関係は、少し仲の良い主将とマネージャーというだけある。
 別に彼女と交際しているわけではない。
 だが……彼女が居なくなる日常というものを思い浮かべてみると、それは実に寂しく物足りないものであった。
 
 無論、彼女に限らず野球部関係者の誰も失いたくはないのだが、
 その関係者の中でも、唯という存在は頭一つ抜けて大切であると、四柳は今更ながらに実感した。
 
 
 
 
 
(……俺達が守らないとな)
 彼は、そう心に刻み込んだ。