肌を刺すような寒風は相変わらずであったが、
 降雨を伝える前日の天気予報とは打って変わって、今日は晴天に恵まれた。
 普段は暖かさを感じられない冬の日差しだが、この日はどこか緩やかな暖かさが漂っている気もする。
 そんな新年の早朝……四柳らの姿は日の出神社にあった。
 
 
 
「へえ。この神社にこんなに人がいるの、始めてみましたよ」
 石段をのぼりきった所で、境内の人々が視界に入る。
 大神はその人々を眺めながら、感心したように息を吐いた。
 人々とは言っても、十人前後という所である。
 だが、日頃は人と遭遇する事さえ珍しい日の出神社にとっては、相当な数だ。
 
 
「島にはここしか神社が無いからね。
 この日は天本さんも巫女服着るし、二人……あ、三人だったわね。
 三人とも、しっかり目の保養をしなくちゃね?」
 唯が得意げに胸を張り、四柳と大神、そして姿を隠している河島にそう告げる。
 
 
 
(ふむ。俺はともかく、四柳は相当楽しみにしておるのではないか?)
(あー、はいはい)
 ニヤニヤと茶化す河島を適当にあしらいながら、四柳は境内を一瞥する。
 
 
 神社では、いたる所に紅白のめでたそうな飾りがある。
 その中で参拝している人々は、皆揃って笑顔だ。
 楽器の名前は分からないが、なにやら和楽器と思わしき音色も、どこからか流れている。
 その中にいるだけで、自然と四柳の表情も綻んでしまう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
黄泉人奇譚
 
睦月一日(水)「真実」
 
 
 
 
 
 
 
 
「今日の快晴、主様のお陰よ」
 不意に声を掛けられる。
 声のした方を見やると、巫女服を纏った葉月がいた。
 
「葉月さん、あけましておめでとう!
 巫女服、いいなー! 可愛いー! それに凄く似合ってる!」
 真っ先に反応を示したのは唯だった。
 葉月に駆け寄ってちやほやと持てはやすと、葉月は頬を赤らめる。
 どうにも、もっとも目の保養をしたがっているのは、唯なのかもしれない。
 
 
 
「あ、ありがとう……。
 まあ、当分ここでお世話になる事にしたんだから、これくらいのお手伝いは……」
 葉月が俯きながらも礼を言う。
 泉の守り人に加え、田中深雪と共に人間界を監視する役目を背負う事になった彼女は、
 巫女としての天本の補佐をする代わりに、天本の家で同居させてもらう事となっていた。
 四柳からすれば、はじめはどうなる事かと気が気ではなかったが、聞く所によれば、意外とうまくいっているとの事である。
 
「あけましておめでとう」
(ああ、俺からも同文だ)
「あけましておめでとう、葉月さん。河島もおめでとうだって」
 男達も次々と挨拶をする。
 その挨拶を受けて、葉月も新年の挨拶を返してくれた。
 
 
「で、主様のお陰ってのは?」
 挨拶が落ち着いた所で四柳が尋ねる。
「治りはしたけれど、四柳さんに怪我をしたんでしょ?
 そのお詫びにって、今日の天候を良くして下さったのよ」
「へえ、そりゃありがたいや。またいつか、お土産持って礼に行きたいな」
 四柳は笑顔を浮かべると、雲一つない空を見上げる。
 
 
 
 
(そんな事もできるのか。さすが神だな……)
(まったくだ。
 ……そうだ河島。主様といえば聞きたい事があったんだ)
(うん、なんだ?)
 四柳と河島が思念での会話を始める。
 
 
(お前、あの戦いの時に立ち上がったよな。
 昏睡状態だったはずのお前が、どうして動き出せたんだ?)
(……ふむ)
 河島は即座に返事をしない。
 視線を河島に向けると、彼は日の出神社の本殿の方を見ていた。
 四柳に向き直らず、そのまま河島は思念を飛ばしてくる。
 
(……激励されたのだ。セツさんにな)
(セツさん? 天本さんのお婆ちゃんの、あのセツさん?)
(うむ。声は良く聞こえなかった。
 だが、あの姿形は間違いなくセツさんだ。懐かしかったな)
(……そっか)
(そうなのだ)
 河島がこちらを向き直る。
 彼は笑顔を浮かべていた。
 
(……めでたい日に、亡くなった人へ思いを馳せるのはやめよう。
 そんな事より、帰ったら野球をやらぬか?)
(お前も亡くなってるくせによく言うよ)
 苦笑交じりの思念を返す。
 野球といえば、この男、新人合同自主トレーニングにも着いてくるつもりらしい。
 こちらはこちらで、奇妙な同居生活が始まりそうである。
 
 
 
 
「四柳さん、ぼおっとしちゃってどうしたの?」
 そこへ、葉月から声を掛けられる。
「あ、いや、ちょっと河島とね。
 ……そうだ、葉月さん。お願いがあるんだけれど」
 天本。
 河島との思念のやりとりでその名を意識した四柳は、意を決した。
 今回の一連の出来事の中で、一つだけ判明していない事があるのを、彼だけは忘れていなかった。
 
 
 
 
 
 
 
………
……

 
 
 
 
 
 
 
 天本の家の脇で待つ事数分。
 天本玲泉は、思ったよりも早く、そこにやってきてくれた。
 
 
 
「天本さん、ごめん! 忙しいのに呼び出して……」
「いえいえ、少々でしたら葉月さんだけでも大丈夫ですから。
 あけましておめでとうございますね」
「あ……うん。おめでとう」
 いつもの温和な笑顔で頭を下げられ、四柳もつられて頭を下げる。
 
 葉月同様に、彼女も巫女服である。
 これまでも何度か見た事はあったが、何度見ても良いものは良い。
 だが、今は彼女に見惚れている時ではないと、四柳は気を取り直す。
 
 
 
 
「天本さん、もう身体はなんともないの?」
「はい。ご心配下さってありがとうございますね。
 四柳さん達こそ大丈夫なのですか?」
「あー、俺は何ともないよ。大丈夫大丈夫。
 今は皆の所にいてもらっているけれど、河島もぴんぴんしてるよ。
 むしろあいつは、もう少し大人しい位が丁度良いんだけれど」
「まあ」
 天本が上品に笑う。
 
 
 
 
 癒される笑顔だった。
 思えば、この三年間、彼女には常々支えられてきた。
 共にいて安らぎを感じる女性である。
 かけがえのないものである。
 ……だから、これから口にする言葉が、そんな彼女を変えてしまわないか、心配だった。
 
 それでも、聞かなくてはならない。
 もうじき、四柳はプロ野球チームの新人合同自主トレーニングで、島を去る。
 その前に今聞かねば、きっと後悔する。
 そんな気がしていた。
 
 
 
 
「……ところでさ、天本さん。一つ聞きそびれてる事があるんだ」
 真剣な口調。
 天本を真っ直ぐに見つめながら言う。
 何か違うと感じ取ってくれたようで、天本も笑うのをやめると、四柳を見つめ返してきた。
 溜息の出るような凛とした容姿。
 また見惚れそうになる。
 
 
 
「大神と一緒に、呪いの相談をしに来た日、天本さん、外出しようとしていたよね?
 それも、随分大掛かりな荷物で……」
「あ……」
 天本が声を漏らす。
 その動揺を隠せないと思ったのだろうか、彼女は明確に顔を俯けた。
 どのような表情をしているのか、伺う事ができない。
 
 
「答えたくないなら、いいんだ。
 ……でも、俺はもうすぐプロ野球選手として本土に行かなくちゃならない。
 その前に……聞いておきたいんだ。その……」
 一度口篭る。
 続けるつもりのなかった言葉が続いてしまった。
 
「人には秘密にしたい事の一つや二つあるのは分かっている。
 でも……天本さんの事……俺、もっと知りたいんだ」
「………」
 天本は何も言わずに背を向けた。
 だが、その場を去る様子はない。
 彼女の肩が震えているようにも見えるのは、風のせいだろうか。
 
 
 
「四柳さん」
 
 
 
 暫しの沈黙の後、天本が四柳の名を呼んだ。
 その言葉と共に、彼女が振り返る。
 向き直った彼女は……微笑んでいた。
 それは、とても冷たい笑み。
 切れ長の瞳は、強く見開かれている。
 
 なぜ、彼女はこんな表情をするのだろうか。
 それを考える前に、天本は言葉を続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「本当のこと、お知りになりたい?」