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「深夜に男の子達とお出かけ……うう、家族に知られたら絶対怒られるよお。
天本さんの家に泊まりに行くって嘘、バレないかなあ」
「電話を掛けられたらバレてしまうかもしれませんねえ」
深夜の雑木林に、唯と天本の声が響く。
いるのは彼女達だけではない。
四柳と河島、そして体調が回復した大神もいる。
この日、正午過ぎに落ち合った一行は、深夜になるのを待ってから黄泉人探索に出かけていた。
季節は冬。
深夜の冷え込みは強い。
それに加えて、深い静けさに満ちた雑木林が、不安という名の寒気となって心中を過る。
雲一つない空で月が輝いているのが、せめてもの安堵感であった。
それでも、この時間と場所が選ばれたのには、理由があった。
深夜に出かける事にしたのは、唯の思いついた『ひとけのない状況』を作り出す為である。
本当にひとけのない時に襲ってきているのかどうか、確信が持てるものではない。
だが、無策で時間を選択するよりは……という事と、
仮に一悶着が起こった時の周囲への影響を考慮し、深夜の探索が確定した。
そして、場所の選択については……
「……ところで、四柳先輩。なぜこんな所を調べるのか、話してもらえませんか?」
四柳の隣を歩く大神が横目で尋ねる。
「ん。まあまあ、それは……」
四柳はお茶を濁す。
この日、雑木林の奥を調べようと提案したのは四柳であった。
それは、昨日の帰り道で、ある香りを嗅いだ為の閃きである。
しかし、その香りと雑木林の奥の関連性について、彼は説明しようとしなかった。
(まったく、損な性格をしておるの)
四柳が説明しない理由を唯一知っている河島が、溜息交じりの思念を送る。
(だって、もしも俺の勘違いだったら、疑っている相手に申し訳ないだろ?
その時に少しでも害がないように、情報はなるべく伏せておかないと)
(なんだ。自分の予想に自信が無いのか?)
(……いや)
四柳は憂いを帯びた表情を浮かべる。
四柳の予想。
昨日の香りと、黄無垢が去った後の香り。
それと同じ香りを、彼はこの雑木林の奥で嗅いだ事がある。
それらの香りが一致するのなら……その奥に関連性がある人物が、黄無垢である可能性が浮上する。
(……自信がないというか、そうあってほしくないんだ)
独り言のつもりで、そんな思念が漏れた。
………
……
…
「雑木林を抜けましたね」
不意に、天本がそう呟いた。
防御能力がある為に、彼女は一行の先頭を歩いている。
辿り着いた雑木林の奥には、小さな泉があった。
天本の肩越しに見えるその泉には、月が見事に映りこんでいる。
「わぁ、こんな所に泉があったんだ……奇麗……」
唯が感嘆の声を漏らす。
幻想的な光景。
だが、四柳にはそれに見とれる余裕は無かった。
(俺の予想が当たっているのなら……)
コートのポケットに突っこんでいた手を抜く。
心臓の鼓動が速くなるのが実感できた。
ゆっくりと息を吐いて、気持ちを整える。
そして、泉の周辺を一瞥しようとする。
だが、それよりも早く声が聞こえた――
「あら……? あんな所に……」
声の主は天本だった。
前方を覗き込むようにしながら足を前に踏み出す。
「駄目だっ!!」
四柳が叫ぶ。
天本は肩を跳ね上げて驚き、首だけ振り返る。
「四柳君?」
「先輩、どうしたんですか?」
唯と大神が心配そうに声を掛けてくる。
しかし、四柳にはそれらに対応する余裕はない。
真っすぐに前方を見たままで、視線を切らさない。
「天本さん」
「……はい」
四柳の緊張感が伝わったのか、天本も神妙な面持ちで四柳の方を見る。
一瞬の静寂。
そして……
黄泉人奇譚
師走十四日(土)「黄無垢の正体」
「危ないから、下がってもらえるかな」
四柳は微笑んだ。
天本を気遣う笑み。
だが、すぐに表情を引き締めて歩き出した。
天本は何も言わず、言われた通りに後退する。
すると、彼女の身体に覆われていた前方が明らかになる。
泉の傍で、人らしきものが横たわっていた。
「四柳。あやつが……」
四柳の隣を歩いていた河島が、四柳同様にその人物から視線を切らさずに口を開く。
「ああ」
それだけ返事をする。
同時に強い寂しさを覚えた。
だが、これは事実。
四柳は、意を決する。
「……葉月さん。君が、黄無垢だったんだね」
「……あら。バレちゃった」
横たわっていた人物……葉月は、おもむろに立ちあがった。
身にまとっているのは白い洋服。
だが、彼女が立ちあがるのと同時に、一陣の風が前方から吹き抜ける。
四柳がそれに瞬きした瞬間に、彼女は黄無垢を纏っていた。
「大方、キショウブの香りで気がついたのかしらね。
……気がつかない方が、良かったのに」
葉月の瞳が、妖しく輝いた。
「四柳君、黄無垢と知り合いだったの?」
事態が飲み込めない唯が、黄無垢……改め、葉月と四柳を交互に見ながら尋ねる。
「うん。そうだったみたい。
葉月さんって言ってね。この泉で知り合った女の子だったんだ。
今思えば、確かに正体が良く分からない所はあった。
でも、まさか黄無垢だったなんて……そうあって欲しくはなかったんだけどな」
「あら、随分な言い様ね。
私こそ、貴方が大神の知り合いだったなんて、ショックなのよ」
葉月が口の端をニィと上げながら言う。
その口ぶりや佇まいには、余裕が満ち溢れていた。
四柳の知っている、明るくて好奇心旺盛な葉月の面影は、そこには感じられない。
「お、俺の知り合いって、どういう事だ?」
大神がうろたえる。
「正確には、大神グループの……と言うべきかしらね。
いいわ。少し、説明してあげる」
葉月がくるりと身を翻す。
後ろからその表情を伺う事は出来ないが、泉に落ちている月影を眺めているようだった。
「私はね、もう人間ではないの。
もともとは人間だったけれど、死後、土地神様のお力でこの体と黄泉人の力を得て、泉の守り人なったの。
泉係の葉月……土地神様や他の守り人達からは、そう呼ばれているわ」
「もともとは人間……」
河島が彼女の言葉を繰り返す。
己の存在と照らし合わせているようであった。
「とは言っても、泉を綺麗に保つだけのお役目なんて暇なものよ。
だから、時折人間との……四柳さんとの交流も楽しんでいたわ。
でも、皮肉なものね。その最中にお仕事が増えてしまったの。
……大神グループが、この島に産廃処理場を建てようとしている事を知ってしまったのよ」
「そ、そんな話、聞いてな……あっ」
大神が声を荒げる。
だが、己の閃きにその声は途切れてしまう。
彼の瞳が、大きく見開かれる。
「……そう言われれば、何か建設していましたね。
まさか、あそこが……」
大神と同じ事に気がついた天本が言う。
「そこまで話せば、あとは大方の察しは付くわよね?」
「そんなものを建てられたら、泉どころか島の自然全体が汚されてしまう……という事ですか」
天本が冷静な口調で言う。
「ええ、その通りよ。
……私達は、討論の末、大神関係者に危害を加え、島から追い出す事にしたの」
そう言いながら、葉月は四柳達に向き直った。
彼女の細められた眼からは、凍てつくような寒気を感じる。
風が吹きつけ、フードと長い髪が静かになびいた。
「お、追い出す事が目的なら、父と僕だけに危害を加えれば良いだろう! なんで他の皆を狙うんだ!」
「そうしたかったのだけれどね。残念ながら、私の力は島外にいる貴方の父には届かないの。
そして一番厄介なのが貴方よ」
「僕が……?」
「貴方の周りには強い神通力が漂っていて、何故か私では手が出せないのよね。
逆に聞きたいのだけれど、貴方、何か神通力の篭ったアイテムでも持ってるんじゃない?」
「そんなもの、持ってなんか……」
「……あっ、大神」
四柳が大神の方へと振り返った。
「まさかとは思うけれど、行商人から買ったツボ……」
「ツボ? そんなもの……あ、ああっ!?」
大神が思い出す。
片言で喋る金髪の行商人から、彼は確かにツボを買っていた。
行商人の説明では、開運間違いなしとの事であったが……
「あ、明らかに胡散臭かったのに……」
「やっぱり、何かあるみたいね。後で壊しておくわ。
……その前に、一仕事あるんだけれどね。まずは、大神君以外の障害を排除しなくちゃ」
葉月が一歩前進する。
彼女の言葉とその一歩に、鋭い緊張感が張り巡らされる。
後方で、天本が身構える気配が伝わってきた。
「……葉月さん。まだ、話は終わっていない」
四柳が言う。
「いいえ、もう話す事は……」
「終わっていない!!」
声を張り上げる。
葉月の眉が微かに動いた。
「葉月さん、言ってたじゃないか。『島から出ろ』って!
葉月さんだって本当は、危害なんか加えたくないんだろう?」
「………」
「泉係の葉月……それは葉月さんの正体かもしれない。
でも、俺の前で楽しそうに笑ってくれていた葉月さんだって、葉月さんの一面なんだろう!?
俺の知っている葉月さんは……」
「遅いの」
葉月がぼそりと呟き、四柳の声を制する。
「もう決まった事なの。全部、遅いのよ」
葉月がなおも前に出る。
「四柳」
河島が名を呼ぶ。
これ以上はもう無理だ、と言いたいのが、それだけで伝わる。
「――島の為、消えてもらうわ」
葉月の瞳が赤く輝いた次の瞬間、彼女は跳躍して距離を詰めた。
時刻は、二十四時を回った。
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