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この日は、夜になっていささか雪が降り出した。
日の出神社の石段をのぼる途中でそれに気がついた四柳は、
コートの襟を掴んで身体に密着させなおすと、歩調を小走りに変えた。
そうして気候を意識すると、風も思いの外強い事に気がつく。
鳥居を潜った所で、木々のざわめきに反応して頭上を見上げた。
背の高い竹が葉をこすり合わせる音が、主であった。
「雪化粧の中の竹とは風流であるな。
夏は夏で良い木漏れ日を生み出しそうな竹だ」
同行している河島が、ほぅ、と溜息を零しながら呟く。
「ううん、俺には分かんないなあ」
「風情の欠片も無いやつめ……」
「そんな事より行こうぜ」
河島に向かって手を振り、天本家に足を進める。
チャイムを押すと、すぐに天本が扉を開けてくれた。
「外は寒かったでしょう。神木さん達は?」
出てきた天本は白いセーターを纏っていた。
「部活で遅れるけれど、もうすぐ来ると思うよ」
「そうですか。ではすぐにお茶を用意しますから、どうぞ応接室へ」
「うん。ありがと」
天本の申し出に礼を言って、四柳と河島は薦められるままに応接室に入る。
応接室は、既に石油ストーブで十分に暖められていた。
その暖かさを満喫する前に、天本が湯飲みを盆に載せてやってきた。
どうやらお湯を沸かして待っていてくれたようである。
天本に礼を言って湯飲みに注がれた緑茶を喉に流し込むと、身体の内部に熱気が宿る。
ようやく人心地のついた四柳は、座した天本との雑談に興じた。
「しかし、冬の夜の日の出神社は怖いね……
あまり夜に来た事はないけれど、こんなに物静かだとは思わなかったよ」
「慣れるものですよ」
天本はいつも通りの微笑みを携えながら答える。
部屋の照明はワット数が少ないのか、光が弱い。
加えて、四柳が影となってしまい、天本の笑顔はどこか暗く見えた。
(……本当に慣れると思うか?)
天本から目を離さず、河島に聞く。
(お前の方が親しい分、意を汲み取れるであろう。
お前に分からんのなら、俺にも分からんよ)
河島も知らん顔で思念を返してくれた。
河島の言う事も、もっともである。
天本玲泉について考えてみる。
彼女はいつも、今のような微笑みを持っている。
更に時間をかけて考える。
その微笑みに、何か張り詰めたような印象を持った事が、実はこれまでにも何度かあった事を思い出した。
微笑みと共に発せられた言葉に偽りがあるからなのだろうか。
ならば、彼女は夜が怖いのだろうか。
考えてみれば、天本セツが逝った為に、おそらく彼女は初めて一人の冬を迎えるのだ……
(ん……)
ふと、天本の視線が泳いでいる事に気がついた。
少々考え込みすぎて、不自然に会話が止まっていた。
「あー」
とりあえず口を開く。
そう言いながら、何を話したものかと考える。
瞬時に思い浮かんだのは、大神と来た時の天本の格好だった。
「話は変わるけれど、大神と来た時、天本さん外出しようとしてたよね?」
「そうでしたでしょうか」
天本が目を細める。
「コート着てたし、キャリーバックも持っていなかったっけ?」
「ああ、そう言われればそんな気も」
「うん。やっぱりそうだよね」
彼女の次の発言を促すようにして頷く。
だが、天本はまたニコニコと笑みを浮かべるだけで、それ以上は何も言わない。
一度あからさまに頷いた手前、自分が再度口を開くのも妙な気がする。
(お、おい、どうするのだ?)
(どうするったって……)
先程以上に、気まずい沈黙が流れる。
ピンポ〜ン
ジャストタイミングとはまさしくこの事である。
玄関のチャイムは沈黙に割って入った。おそらくは大神達が着いたのであろう。
天本は一礼して立ち上がると、玄関へと向かった。
「ふぁ〜……」
緊張を吐息にして、四柳は大きく息をついた。
黄泉人奇譚
師走十一日(水)「一人の夜」
「私達を襲った黄無垢と獣……こうなりましたら、彼らは黄泉人であると断定して話を進めます。
対策について話す前に、一度黄泉人についておさらいをしましょう」
大神と唯が緑茶を口にして一服した所で、天本は話を切り出した。
この日彼らがこうして集まったのは、他でもない、黄泉人対策会議の為である。
これまでは様子を見るスタイルを取っていたのだが、
獣からも黄無垢からも攻撃を受けたのでは、そう悠長な事も言えない、という判断を天本が下した。
その為、さっそくこの日、確実に他人に介入されない天本家で会議が開かれたのであった。
「黄泉人は、死をもたらす程の力、死力を操る者です。
その昔から暗躍し、人々に多大なる災厄を与えていました。
もっとも『そのような力を持った者がそのような事をしていた』という事が記録に残るだけで、
私も四柳さんも、そのような事はしない、普通の人間ですけれども」
天本が四柳を一瞥する。
彼女の言葉を肯定する為に頷くと、天本は言葉を続けた。
「その様なわけで黄泉人は、その力さえ除けば普通の人のはずです。
すなわち、物理で対抗できる存在。死力が無くとも抗えるはずです」
「つまり、僕らでも戦えると」
「その通り」
大神の言葉に天本が答える。
「さて、これまでは『黄無垢の接触を待とう』というスタイルでしたが、
攻撃が確認された以上、受けに回っても危ないと思うのです。
そこで、逆にこちらから黄無垢を探してみようと思うのですが、いかがでしょうか?」
「こちらから探すのも危ない事に変わりは無いけれど、まだ解決の糸口になるかもしれないわね。
ただ待つだけじゃ危険な状況は延々と続くでしょうし、良いと思うわ」
と唯。
「で、目標は引き続き黄無垢に絞るのだな。良いだろう。
会話ができん以上、獣の方は追いかけてもどうにもならんしなあ」
河島が顎に手を当てながら発言する。
「物理的に対抗できるなら、僕らでも抗えますしね。
もっとも、あの攻撃を掻い潜らなきゃいけませんけれど。
どうしたものか……ふう……」
大神が唸る。
「俺も異論は無いよ。ただ……」
だが、四柳は言葉を付け足そうとした。
「なぜ黄無垢は、急に攻撃するようになったのかな?」
「ふむ。確かに最初は俺達を助けてくれたのであったな」
四柳の言葉に、ハッとした河島が首を傾げる。
「そういえば昨日、黄無垢が消える前に何か言ってませんでしたっけ?」
大神が会話に乗ってくる。
「そういや言ってたな。聞き取れなかったけれど……河島、お前は聞き取れた?」
「いや、俺も聞き取れなかった」
「それらについても、黄無垢に聞くしかありませんね」
天本が緊張感のある声で会話を纏める。
もっともな意見で、一同は無言の肯定を返した。
「さて、いつ探しに行くのかですが、週末でも良いでしょうか?」
天本が更に提案する。
「これまではろくに死力を使っていませんでしたが、こうなれば練習しておきたいのです。
危険な探索になる事は間違いないでしょうから」
「いいんじゃないかな。昨日は天本さん凄く疲れてたしね。
……そういや、俺達は特に疲れたりしないな」
四柳が河島を見ながら言う。
「うむ。憑依による動作の不一致はあるが、疲労はない。
そもそも、俺が産み出された事自体が死力なら、四柳は常時疲労してもおかしくはないのだが」
河島が相槌を打った。
「私も死力の全てを知っているわけではありませんので、
これが正解なのかどうかは分かりませんが、そういう性質のものかもしれません」
天本が感想を述べる。
この件も、天本が分からなければ四柳らも分かるものではなかった。
「とりあえずは、そう考えておきましょう。
ところで、僕からも一つ提案があるのですが」
大神が皆を見回しながら口を開いた。
全員の視線が大神に集まる。
その反応が予想外だったのか、大神は上半身を引きかけたが、すぐに全員を見据え返した。
「黄泉人がいつ攻撃してくるかも分かりませんから、
登下校はなるべく組んだ方が良いと思うんです」
「なるほど。その方が良さそうですね」
天本が同意する。
「その組み合わせですけれど……これは自宅立地上、
四柳先輩と天本先輩、神木先輩と僕、という形にしかならないかな、と」
「立地上はそうするしかないけれど、お前も唯さんも死力は使えない所が怖いな」
四柳が身を乗り出しながら言う。
「そこなんですが……せめて大神グループからボディガードを回してもらおうかと。
さすがに調査にまで同行はさせられませんけれど、登下校位なら何か言い訳できますよ」
大神が対策を口にする。
だが、その表情はいまひとつ冴えない。
入部直後とは異なり、今の彼は、父の力を借りる事を好まない。
「……いいのか、大神?」
四柳は、大神の顔色を伺いながら尋ねる。
彼は、そんな大神の心中を知っている。
「背に腹は変えられません。万が一があるといけませんから」
大神は苦笑して答えた。
「それじゃあ、天本さんと唯さんもそれでいい?」
今度は天本と唯を交互に見ながら聞く。
「ええ、私は構いませんよ」
「ん……そういう事なら」
二人とも首を縦に振る。
唯の言葉遣いには何か含むものがあったが、それでも彼女は拒みはしなかった。
………
……
…
あまり遅くなるわけにもいかず、その日の会議はそれで終了となった。
「じゃあ、また明日学校でね。四柳君も気をつけてね」
「失礼します」
早速、帰る方向が同じである唯と大神が一緒に帰宅する。
鳥居を潜った二人の背中は、石段がある為にすぐに見えなくなる。
四柳は、そうして二人が見えなくなっても、暫く参道に立って鳥居の方を見ていた。
(帰らんのか?)
河島が思念を飛ばしてくる。
(ん。ちょっと)
「……四柳さん?」
ついで、同じく隣で唯達を見送っていた天本が、小さな声で四柳の名前を呼ぶ。
「そのさ、天本さん」
名前を呼ばれた四柳は、天本に向き直った。
「あ、はい」
「……うちで一緒に暮らさない?」
「えっ?」
天本の声が裏返った。
狼狽した様子で一歩後退する。
それでも、視線は真っ直ぐに四柳に向けられていた。
「あ、いや、その、えっと」
その狼狽が伝染したかのように、四柳はしどろもどろになる。
「ち、ちょっと言い方がまずかったよね。
変な意味じゃないんだよ! 変な意味じゃ!
さっき話していた通り、登下校に限らず一人じゃ危ないでしょ!?」
自分の言葉を肯定するかのように、何度も頷きながらまくし立てる。
随分と言い訳がましい喋り方になってしまったが、もうどうしようもない。
急にその発言が恥ずかしくなり、頬が紅潮する。
「あ、な、なるほど。
そ、そういう事ですね。はい」
その勢いに押されたのか、天本も何度も頷く。
彼女の頬も同じように紅潮していたのだが、四柳はそれに気づく余裕がなかった。
「だから、その、あの、えっと、あと……」
その先の言葉を上手く切り出せない。
四柳は一度、天を仰いだ。
空から降り注ぐ雪は、まだ止む気配を見せていない。
その状態で、小さく深呼吸。
少しだけ、気持ちが落ち着いた。
「それに、天本さん、セツさんが亡くなってからずっと一人暮らしでしょ?
寂しくないかな、って……」
「あ……」
天本が言葉を失う。
だが、彼女の瞳は相変わらず四柳を捉えていた。
それに吸い込まれるかのように、四柳も天本の瞳を凝視する。
いつの間にか、そこから狼狽の色が消えている。
純粋だった。
笑っても、怒ってもいない。
何かを隠している様子もない。
四柳知佑という人間そのものを見ているような、不思議な瞳だった。
「ありがとうございます」
やがて、天本が返事をする。
「ただ、そうするにしても準備も必要ですし、とりあえずはこのままで大丈夫という事で。
何か危ない事が起こったら、考えてみましょう」
「……そっか。分かった」
天本の反応に、四柳は内心安堵を覚えた。
今回の提案に下心が欠片も無かったかといえば、そのような事はない。
天本であれ、あるいは他の女子であれ、同居という漫画のような事態を想像すれば、それなりに胸は躍る。
よって、天本の辞退には落胆を覚えても良いものであったが、強い安堵がそれを覆っていた。
(……なんで落ち着けたんだろうな。俺)
自分でもその安堵の理由は分からない。
安堵はすぐに全身に広がり、体中が暖かくなるような錯覚を覚える。
四柳は、嬉しかった。
理由は分からないが、とにかく嬉しかった。
「それじゃ、明日は約束の時間に下の道で」
そう告げて、鳥居に向かって歩き出す。
「四柳さん」
だが、すぐに呼び止められた。
顔だけ振り返る。
「……こちらこそ」
振り返った先の天本は、微笑んでいた。
四柳と同じ、穏やかな笑顔だった。
強い風に、ふんわりとしたボブカットがなびく。
「こちらこそ、あなたの無事を祈っております」
「……ありがと」
二人は同じ笑顔を浮かべる。
互いに手を振り合う。
そして……
(俺、物凄くきまりが悪いのだが……)
河島廉也は口を尖らせながら、二人の視界に入らぬよう、必死に隅を歩いていた。
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