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「ほれぐすりのテスト……だって?」
ヌシビト・コウは首を傾げた。
突然聞かされた言葉をオウム返しにしたが、どこか口調がぎこちない。
――とある日の昼下がりの出来事だった。
ヌシビト一行はつい先日、大きな仕事を一つ片付けていた。
やらなければいけない任務はいくらでもあるのだが、
今回解消した仕事には長時間をついやした事もあり、一行は暫くの間、休日を取る事にした。
とは言っても、ヌシビトにとっては意味のない日々である。
趣味らしい趣味はない為に、マチルダのように踊り歌う事は無ければ、
日課以上の訓練をする事もない為に、トレロのように身体を鍛えて汗を流す事も無い。
一日二日で身体を休め終えたヌシビトは、いよいよする事が無くなっていた。
そんな所に、珍しくアマルダが『頼み事がある』 と尋ねてきた。
一体何だろうと強い興味を持って迎え入れた結果、聞かされた言葉がそれである。
「はい。惚れ薬です」
アマルダが頷く。
普段通りの、飄々とした掴み処のない笑顔だ。
だが彼女のその目は、未だに釈然としないヌシビトを捉えると、僅かに細められる。
「本来なら製薬は私の専門ではないのですけれどね」
アマルダが肩を竦める。
「現在は、本部のアルケミストの方が負傷療養されているようなんです」
「それで、君に代役が回ってきたと」
「はい。そういう事です。ご理解頂けましたか?」
「あ、うん……」
とりあえず頷く。
「で、テストといっても具体的には何をすれば?」
「ヌシビト さんには私が作った惚れ薬を飲んで頂きます。
薬は、飲んで最初に見た人物に好意を抱くように作っていますので、
私を見て頂いて、何か気持ちの変化が起こらないか、報告して欲しいのです」
「むう」
頭をぽりぽりと掻く。
「ああ、大丈夫ですよ」
その反応を予測していたのか、アマルダがすぐに言葉を続けた。
「ちゃんと解除薬も用意しています。
まあ、こちらが効かないという危険性もあるわけですが、
惚れ薬よりはよっぽど簡単に作れる薬ですから、作り損じる事は無いと思います」
「ああ、いや……」
ヌシビトは何か聞き返そうとする。
だが、ふぅ、と小さく息を吐いてこっくりと頷いた。
「まあ、いいか……分かった。協力し よう」
「どうもありがとうございます」
天本が更に目を細める。
「しかし、そんなもの何に使うんだろうな」
「ちなみに、依頼主はルッカさんですね」
「ふむ……」
怪訝そうな表情を浮かべる。
気がつけば、アマルダも珍しく笑顔を崩し、似た表情をしていた。
「特に追求するつもりはありませんが、お仕事で必要なのでしょう。
個人的には、感情を操作する薬を作るのはあまり気乗りがしませんが」
「その点は同意だな」
肩を少し落とし、気だるそうな声でそう言う。
だが、すぐに姿勢を正してアマルダを見ながら更に喋る。
「で……薬はもうできているの?」
「はい。ここに」
アマルダがポケットに手を入れ、小瓶を二つ取り出して卓上に置いた。
「中身がピンク色の方が惚れ薬で、黄色の方が解除薬です」
「へえ、これだけで効くんだ」
惚れ薬の方を手にとって眼前でまじまじと眺めてみる。
容量は一口で飲み干せる程度だった。
あまり飲む気の沸く色ではない。
分かりやすい色だな、とヌシビトは思う。
「即効性がありますから、飲んで私を見れば、十秒もしないうちに気持ちに変化があると思います。
テストが終わったら、黄色の解除薬を飲んでください。こちらもすぐ効くはずです」
「了解。それじゃあ早速」
「ええ、お願いします」
アマルダがペコリと一礼する。
「へえ、これが……」
小瓶の蓋を開ける。
手で香りを嗅ごうとしたが、特に匂いは感じられな かった。
一呼吸おいて、一気に飲み干してしまう。
インパクトのある色とは裏腹に、喉越しの良い果実のような味だった。
「では、私を見て下さい」
アマルダが誘導する。
言われるがままに、眼前のアマルダを見た。
(ふむ……)
内心、唸る。
そこにいるのは、ローブと帽子を纏い、艶やかな黒髪をなびかせた少女。
普段よりも更に目を細めて僅かに首を傾け、自分の反応を待っている少女。
……ヌシビトは、その少女に普段とは違う感情を抱かなかった。
「ううん、別になにも」
「なにも、ですか?」
アマルダが言葉を繰り返す。
「ああ。普段と変わらないよ。特に気持ちが変わるような事はないね」
「おかしいですね。分量を間違えたはずはないのですが……」
アマルダは困ったような声を出して空瓶を一瞥する。
だが、すぐに顔を上げると、ヌシビトにぺこりと頭を下げた。
「ご協力ありがとうございました。原因を調査してみます。
まっさらな状態でテストしたいので、再テストは他の方にお願いしますね」
「あ、ちょっと! ちょっと待って」
ヌシビトが慌てて呼び止める。
「それはやめておいた方がいい」
「はあ?」
「いや、むしろやめて欲しい」
「はい?」
アマルダが呆けた声を出す。
一方のヌシビトはポリポリと頭を掻くだけだった。
視線を泳がせ、その発言の意図する所を続けようとしない。
だが、それも僅かな間の事だった。
まだ視界の中心にアマルダを捉えてはいなかったが、視界の端には入れながら口を開く。
「ちょっと、俺が言った言葉を思い出して貰えるかな」
「はあ……」
まだ腑に落ちない様子だったが、アマルダは頷く。
「『普段と変わらない』でしたっけ?」
「そう、それだ」
そこで、ヌシビトはようやくアマルダに正対する。
やっと整理できたのか、表情には落ち着きが見えていた。
「惚れ薬が有効だったとして……もとから惚れていたとしたら、どうだろう?
……好きじゃない、と言ったわけじゃないんだ」
「はい……?」
アマルダが考え込む。
彼女の細められた瞼は、それからすぐに、大きく見開かれた。
口元は微かに震え、頬は紅潮している。
――とある日の昼下がりの出来事だった。
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