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「みんなー!頑張れー!」
グラウンドの中を一塊になって走る集団に声をかける。すると私の声に反応して顔を向ける人が何人か見える。誰かに応援されると俄然気合が入る、といったところだろうか。
花丸高校の野球部でマネージャーになってから2年目。いきなり戦隊モノの格好をしたヒーローが助っ人として参加したりドタバタしたけれど、それでもみんな一生懸命に汗を流している。どの顔も楽しそうで、そんなみんなを応援したくなる気持ちに変わりは無い。
……ただ、黄色い声援を送っても、振り向いて欲しい人はこっちを見てくれなかった。野球のことが本当に本当に好きで、プロ野球選手になるため日夜練習に励んでいる、彼。
人はこの気持ちを“恋心”と呼ぶだろう。―――恐らく、そうなんだろうな。
特別な存在だからこそ『キリちゃん』と呼ばせてない。本人からも「どうして」と言われたような気もするが、自分としても何故なのかはっきりと分からない。友達も部員からも『キリ
ちゃん』と呼ばれているので抵抗はない。……特別だからこそ、みんなと一緒なのが嫌なのかな?
それとなくアプローチをしたこともあった。でもニブいのか伝え方が悪かったのか野球のことで頭が一杯だったのか気付いてくれた気配は一切ない。
……そのクセして同級生の女の子と一緒に帰っていたり、同年代の女の子と河原で並んで歩いていたり、後輩の女の子と校内で楽しそうに話していたり、全然知らない女の子と公園で語らっていたり、そういうことに事欠かない。その現場を目撃してしまった時は何も悪いことをしていないのに隠れてしまい、そして胸がキュッと締め付けられる想いだった。どの女の子とも付き合っている雰囲気は見られないし野球に夢中で他の事に気が廻らないと分かっているけれど、分かっていても気持ちが揺らぐのを止められない。
相手は頼りにしている節は感じられた。でも、それは“気が利くマネージャー”のポジションであって、私が望んでいるのはそれではない。
何か踏み出すきっかけが、あればいいのに。
FourRamiさんとの合作SS
秘め事
「はあ……」
グラウンドで練習に励む彼らを背に、私は一人部室に入る。
扉を閉めるのと同時に、深い溜息が零れた。
最近は彼の事を考えると、必ず最後は溜息で終わっている気がする。
煩わしい。
こんな自分をもう一人の自分が見ていたら、きっとそう言うのだろう。
鬱々としている自分は『らしくない』と思う。
でも、彼の事を思う行為は止められないし、こうして零す溜息にさえ、苦しさと共にどこか高揚するものがある。
決して、嫌な時間ではないのだ。
「……そだ」
ふと、顔を上げる。
部室には自分しかいない事は分かっていたが、それでも小動物のような機敏さで素早く周囲を見回す。
改めて他には誰もいない事を確認すると、部室奥に向かった。
埃にまみれ、長年の酷使で所々凹んでおり、ちょっとした落書きまであるボロボロのロッカー群の奥。
そこには、野球教本やスコア等の各種データをファイリングしている、小さな本棚がある。
その中から一つのファイルを手に取る。
表紙をめくろうとした時に、胸が強く鼓動したのが実感できる。
「えっと……」
ページを開く。
もしかしたら少しにやけていたかもしれない。
ファイルの最初のページには、東先輩の名前が記載されている。
更に、学年、生年月日、住所、ポジション、最近の練習試合の成績に、各種ベストスコアに、監督が教えてくれた長所と短所。
ぱらぱらとページをめくれば、勝野先輩に、阿部君に、湯田君に、もちろんレッド君達の情報も。
そう。うちの部員のプロファイルだ。
元々はただの選手名簿だったけれど、私がフリースペースに練習試合の結果を書き込むと、これが好評だった。
そこから少しずつ内容を増やして、今ではなんとかプロファイルと呼べる位のものになっている。
ふと、ページをめくる手が止まる。
お目当てのページ……彼の情報が載っているページを開いた。
また胸が鼓動する。
それを抑えるように胸を軽く小突いてから、内容に目を通す。
とは言っても、別に有意義な行動ではない。
ただ単に、彼に関する事に目を通していたいだけである。
それも、一人きりの時にはちょくちょくやっている事だ。
「そうそう、この試合は珍しく活躍したんだよねえ」
暫しそのページを眺め、書かれている試合結果の一つに注視する。
その試合は、彼の活躍で勝てたといっても過言ではない試合だった。
あの時の彼の姿は、未だに記憶に残っている。
その勇姿とは対照的に、私はいつの間にか、にぱぁと締りのない笑みを浮かべていた。
拙い事は重々承知だ。
夜寝る前にこの行為を思い出して、まるで中学生ではないかと、布団の中で悶えてしまった事もある。
でも、ため息をつく事と同じで、やめられない。
誰にも言えない、私だけの秘密。
絶対に口外できない秘め事だ。
「おっ、それ俺のページじゃん」
「わあああっ!??」
突然かけられた声に、体がくの字になるんじゃないかという位、背筋が伸びた。
同時に、慌てて横を向けば……
「ち、ちょっと! そんな大声出さなくても……」
一人の野球部員が、私ほどではないにしてもそれなりに驚いた様子で、私を落ち着かせようとせんばかりに両手で抑えてくるようなジェスチャーを取る。
………彼だ。
いつの間に部室に入ってきたのだろうか。
ランニングはどうしたのかな。
ううん、今はそんな事どうでも良い。
無意識のうちに生唾を飲み込む。
見られてしまっただろうか。
いや、見られた。
さっき「俺のページじゃん」と言っていたじゃない。
分かっているのに、別の可能性を無意識のうちに探ってしまったみたいだ。
そう、見られたくなかった。
私の秘め事を、よりにもよって彼に……
「霧島さん、俺のページを見てたんだよね?」
彼が再確認する。
ほら、見られてた。
つまりは、私が彼の事を思い煩っている事も見られたのだ。
そういえば、今日『きっかけが欲しい』なんて考えたっけ。
でも、こうも唐突に来られても困る。
「あ、え、えっと……」
ゆでダコのように赤らめた顔を伏せて、口篭る。
必死に言い訳を考えるが、思い浮かばない。
そうこうしているうちに、一案が代わりに浮上する。
……言っちゃおっかな。
鬱々としているのと同様、こうして、アワアワしているのも、隠れて笑っているのも私らしくない。
そうだ、言ってしまおう。
行為を打ち明けてしまおう。
胸の前でぐっと手を組む。
力強く顔を上げれば、野球帽を目深に被った彼の顔。
これが、自分が好意を打ち明ける相手だ。
心臓がもう爆発しそう。
大丈夫。
きっと大丈夫なんだから。
好きなら言っちゃえ、告白しちゃえっ!
「あの「そっか、この間の試合結果を確認してくれてたんだー。ありがとう!」
ふえっ?
………
……
…
かき消された。
一世一代のつもりの告白が、彼の明朗な笑顔と言葉、そして多大な勘違いにかき消されてしまった。
………うそぉ。
「あ、うん。まあそんな所かな。
凄く活躍してたから……今後に活かせる所があるかも、とか思っちゃったりして。
ははは……はは……はぁ……」
ファイルを彼に見せるようにして突き出す。
愛想笑いを返しながら、また大きく一つため息をついた。
心臓は一転して、止まってしまうんじゃないかという位の落ち着きを見せる。
せっかく決心したのに、なんて間が悪いんだろう。
「ふんふん。どれどれ」
彼は突き出されたファイルを覗き込んで、勝手にウンウン頷いた。
私の気持ちなんか考えた事はないのだろう。
ううん、それは当たり前。
私と彼は、選手とマネージャーの関係なだけ。
これまでに男女の仲を深めるような事は何もなかったのだから、私の好意に気がつかないのは当然だ。
当然なんだけれど……それでも、こう思わずにはいられない。
この、鈍感っ!
「霧島さん」
ふと、鈍感が顔を上げる。
鈍い割には機敏な動作だった。
「いつもありがとね。霧島さんにここまでサポートして貰えるから、俺達も頑張れる。
霧島さんがマネージャーで良かったよ」
彼はそう言って、私に微笑む。
あ……
あうう……
また、不意打ちだ。
しかも自覚なしの不意打ち。
ずるいよ、この人……。
「……ん」
殆ど言葉になっていない返事を返す。
さっき消えたはずの決心が、もう一度顔を上げてきた。
その次の瞬間には、口が開いた。
頭の中で何も練っていない、正真正銘の本音が溢れる。
「それじゃ……今度ご褒美にデートしてくれない?」
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