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肌寒い日が多くなってきた、ある秋の日の朝。
「えっと、ハンカチに財布にメガネケース…」
「免許書は持ったか?」
「大丈夫よ、ちゃんと持ったわ。」
あたし、浜野朱里は出かける準備をしていた。
「じゃあ、気をつけてな。お迎えはオレが行っとくから。」
「ありがと。たぶん四時くらいに幼稚園終わるから、あの子のことお願いね。」
「ああ、ゆっくりしてこい。」
「それじゃ、行ってくるわ。」
頼みごとを終えると、玄関から出て車のエンジンをかける。
今日は久々に、ブラック達との同窓会。
「まあ、ただの近況報告会になるんでしょうけど…」
それでも、やはり心のどこかで楽しみであるのだろう。
知らず知らずのうちに鼻歌を歌うあたしを乗せて、車は目的地へと走り出した。
TAMさんとの合作SS
彼女たちの同窓会
待ち合わせをしていた喫茶店がある繁華街に着く。
満車ばかりのパーキングを幾つか駆け回って、やっと空いている所を見つけたが、
少々手間がかかりすぎて、喫茶店に歩き着く頃には、約束の午後三時を少し過ぎそうだった。
これが旦那との待ち合わせなら小走りにもなるけれど、
今日集まる面々の事を考えると、その必要は無いように感じられた。
のんびり歩いて喫茶店前に移動すると、案の定、少し遅刻してもあたしが一番乗りだ。
「ホント、マイペース揃いよね……」
ため息は零すが、あたしも遅刻しているのだから偉そうなことは言えない。
そのまま喫茶店前で待っていると、暫くして和那にリーダーにピンクが連れ添ってやってきた。
「おー朱里、久しぶりやな!
遅れてすまんな。この子ら拾うのに時間がかかってしもうてな」
そう言いながら笑顔を浮かべる和那には、ちっとも悪びれた様子はない。
「いいのよ。あたしも子供の事旦那にお願いしていたら、少し遅れちゃったから」
挨拶代わりに、少しからかってやろうと、薬指に指輪のある左手を掲げて和那を迎える。
「我が家はまだ授かってないけれど、子供ができると大変なんだよねえ」
「……子供、早く欲しい」
ピンクとブラックがそれに呼応した。
同じく結婚指輪の輝く左手を掲げて、私の横までやってくる。
結果、既婚組三名との間に、見えないながらも明確な線が引かれる。
「ぐぬぬ……あんたらぁ〜」
唯一の独身である和那が地団駄を踏む。
あたしの持っている情報が古くなければ、和那にも交際している男性はいるはずだ。
でも、これまでに何度か別れかけて復縁してを繰り返している和那が落ち着くには、まだまだ時間はかかりそうね。
「フフン、負け惜しみは中でゆっくりと聞くわ。
いつまでも外にいても寒いだけだし、入りましょう」
和那を笑い飛ばしながら喫茶店の中に入る。
ウェイトレスに人数を告げて席に案内され、各々が好きな飲み物と軽食を注文した。
「ケーキケーキぃ〜♪ ふっふふっふふ〜ん♪」
ショートケーキを頼んだピンクが目尻を下げて鼻歌を口ずさむ。
「ケーキ一つで随分嬉しそうやなあ」
と、和那。
「だってケーキなのよ、ケーキ!
最高のおやつだと思わない?」
「まあ、それは同意する」
「……カロリー、たくさん」
ブラックがぼそりと呟いた。
その言葉にピンクと和那は一瞬表情を強ばらせるが、声を揃えて反論する。
「「甘いものは別腹です〜!!」」
こういうやりとりは、昔から何も変わっていない。
見ているだけで、つい苦笑が零れてしまった。
それから、暫くは互いの近況報告タイムに突入する。
とはいっても、皆特筆するような報告もなく、会話はすぐに日常の話題へと変わった。
最近観ているテレビ番組、良い飲食店、それから、歳を重ねる毎に口にする頻度が高まっている家族の話。
会話とは言っても、基本的には和那がひたすら喋りまくっている。
そこにしばしばピンクが同調して口を挟み、ブラックは極まれにディープなツッコミやウンチクを披露した。
あたしはというと、殆どが聞き役である。
でも、それが楽しい。
年を重ねて、結婚して、子供もできた。
ジャッジメントから離反して、ジャッジメントと戦って、ジャッジメントが崩壊した。
あたしも世界も、この十数年でめまぐるしい変化を遂げている。
それでも、あたし達の間にある空気だけは、あの頃と全く変わっていない。
その不変が楽しいから、その場にいるだけで幸せだ。
「……そんなわけで、今あいつとは喧嘩してんねん。
なっ? なっ? 酷い話と思うやろ?
あいつ、ウチの乙女心をちゃんと理解してるんかなあ〜」
話題はいつしか、和那の結婚進捗になっていた。
とは言っても、現在は喧嘩中との事で、和那は大きく溜息をつきながら愚痴を零している。
「あんたに乙女心なんてものがあったとは驚きね」
和那の口から漏れた言葉があまりにもミスマッチだったので、突っ込みを入れる。
「なに言うてんねん、あるに決まってるやろ!」
「百歩譲ってそういう純情があるとしても、乙女はないわよ。
あたし達、今年で幾つになるの?」
「ぐううっ!?
あ、朱里さん、それは禁句ってもんやで……」
和那に会心の一撃。
「でも、相変わらず喧嘩ばかりなのねえ。
そんなんじゃ、まだまだ結婚は先みたいね」
ピンクが助け舟を出した。
「そうなんよねえ。もうぜんっぜん兆しが見えないわ。
もう思い切って、ウチの方から振ったろうかなあ〜」
そんな気は欠片もないくせに、和那はおどけてみせる。
「………」
不意に、ブラックがもの凄い勢いでスマートフォンをフリック操作し始める。
「リーダー、なにしとるん?」
「……メール」
「誰に? リーダーの旦那さん?」
そんな和那の言葉に、ブラックはフルフルと顔を左右に降る。
「乙女心を理解していない人に。『彼女が別れたがっている』って」
「ちょ、ちょ、ちょぉ〜〜〜〜!!?」
和那は大慌てでその行為を阻止しにかかる。
(ホント、何も変わらないわね)
目を細めながらその光景を眺めた。
「ねえねえ、ところでさ」
ドタバタしている二人をよそに、ピンクが顔を近づけて話しかけてくる。
「子供がいるってどんな気分なの?」
「ん? どんな気分、って……」
突然の問いに、すぐに返答が思い浮かばない。
何と答えたものかと考え込んでいると、ピンクが笑顔で言葉を続ける。
「いやさぁ、年齢的にうちもそろそろ……とは考えているんだけれど、
まだ親の気持ちというか、そういうの分からないんだよね。親じゃないから当然だけれど。
そこで、子供がいる気分ってものを聞いてみたいのよ。どうなのどうなの?」
「むう……」
邪険に扱うわけにもいかない質問だと思う。
顎に手を当てて、我が子との日々を思い出してみる。
すると、真っ先に脳裏に浮かんだのは、未だおねしょ癖が抜けない我が子の布団を干す今朝の情景だった。
それを皮切りに、夜泣き、病院、おねだり、お遊戯……とにかく疲れる日々の記憶が蘇る。
「さらば平穏の日々、って感じね。
自分の時間は滅多に持てない、と思っておきなさいよ。
今日はこうして羽を伸ばせているけれど、旦那が代わりに幼稚園の迎えに行ってくれてるだけ」
「うへえ」
凹むピンク。
「……でも」
そこへ、言葉を付け足す。
こういう事を口にするのは柄じゃないけれど、少しは希望らしきものも……ね。
「生き甲斐では、あるわね」
「生き甲斐?」
「そう。例えば……旦那。
極端な話、あたしがいなくなっても彼は生きていけるわ。
でも、子供は違う。親がいなければ生きることすらままならない。
責任感は感じるけれど、その分、成長を見守るのは生き甲斐になるわね」
「へぇ、ほぉ、ふぅん。
さすがはママさんですなあ」
ピンクがニヤけながら感想を述べる。
やっぱり、言わない方が良かったかしら。
「……でも、参考になったわ。ありがとね」
「あー、はいはい」
一転して、真面目にお礼の言葉を受ける。
なんだか猛烈に小っ恥ずかしくなって、あたしはしかめっ面で、窓の外を見ながら生返事を返した。
背後では、未だにリーダーと和那の声が聞こえてくる。
……子供、か。
もう、旦那に迎えられて帰宅した時刻だ。
おそらくは、おやつをおねだりして旦那を困らせている事だろう。
やっぱり、あたしがいなきゃ……ね。
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