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「ただいま〜っと」
広い邸宅に、才葉零人の声が響く。
父は仕事に出ており、ガンバーズなるチームで野球をやっている妹のさくらが帰っていれば……というつもりで掛けた声であったが、反応はない。
「なんだ。誰も帰っていないのか。
さ、ジュースジュース、っと……」
反応がない事で、自分が最初に帰ってきたのだと察した彼は、自室には戻らず、キッチンに通じているリビングの扉を通る。
野球道具を入れたバッグを出入り口に放り投げてリビングを通過しようとして、テーブルの上に見慣れないノートがある事に気がついた。
「……?」
一面黒塗りの奇妙なノート。
特に深く考えずに、そのノートを手にすれば、表紙にはアルファベットで文字が書かれている。
零人は首を傾けながらその文言を読み上げる。
「BASE NOTE……塁のノート……?」
簡単な英語であった為、表紙の文字は読む事ができた。
少々気味の悪いノートであるが、野球に関するノートなのかと思うと興味が沸く。
表紙を開いてみると、最初のページには注意書きが書かれていた……
ずのふさんとの合作SS
見てはいけないもの
「これは野球のノートです……ふむ」
注意書きは都合良く日本語で書かれていた。
ソファに腰掛け、注意書きに指を這わせて口にして読む。
「このノートに書かれた野球に関するお願いは事実になる……
ははっ、それが本当なら、どんな試合でも全戦全勝だな。
どれどれ……?」
冗談めいた注意書きを鼻で笑う。
本気で捉えずに興味半分でページを捲った……その時だった。
「あ〜っ! お兄ちゃん、そのノートっ!!」
「う、うわっ……」
不意に背後から叫び声が聞こえる。
思わず肩を跳ね上げて振り返れば、妹の才葉さくらの姿があった。
「お兄ちゃん、そのノート見たのっ!?」
「ああ。なんださくら、いたんなら『おかえり』くらい言ってくれよ。
ところで、これお前のノートだったのか?」
「うん……そっか、見ちゃったんだ……」
さくらは頭を抱えながら大きく嘆息する。
「見たら何かマズいのか? 死神でも見えるとか」
「ううん。私が恥ずかしいだけ」
ご都合主義万歳である。
「恥ずかしいか。なるほどなあ。
確かにこんな遊び、子供じみているもんなあ」
「むうっ!? お兄ちゃん、そのノートは本物なんだよ?」
さくらは頬を膨らませて反論する。
「はいはい。どれどーれ、なんて書かれているんだ……?」
零人はそんなさくらをいなしながら、ノートを開く。
数ページに渡って、さくらのものと思われる丸く可愛い文字が書かれていた。
「なになに? ○月×週の試合で沢山ヒットを打つ?
そういやこの日、帰ってきてからそんな事言ってたっけか」
「うんうん! 書いたら本当に打てたの!」
さくらが目を輝かせて頷く。
だが、零人はそんな妹を鼻で笑い飛ばした。
「ははっ。そんな事言って、これは試合後に書いた日記なんだろ?」
「う、うにゅ〜っ! そんな事ないもん!
まだ先の試合の事だって書いてるから、読んでみてよ。
その日が来たら本物って証明できるんだから!」
「先の試合? ああ、これか」
零人は文字が書かれている最後のページを開く。
「ええと……2月4週、お兄ちゃんのチームとの試合で、
調子に乗っているお兄ちゃんから先制タイムリーを打って、
お兄ちゃんをパパに泣きつかせる……?
おいさくら……」
ジト目でさくらを睨みつける。
「ふんだ! 本当に泣きつく事になるんだから、覚悟しておいてよね!」
「無いね! パパに泣きつく事は当然ないし、お前に打たれる事なんか更に無いね!」
「うにゅにゅ〜〜〜っ!!」
さくらが愛らしい怒声を上げ、零人にしがみつく様にしてノートを奪い返す。
「おっと……」
「もう怒ったんだから!
このノート、お兄ちゃんには絶対に使わせてあげない!」
さくらは強い瞳で零人を睨み上げる。
「はいはい。ただのノートにそんなにムキになるなんて、さくらはまだまだお子様だな。
試合、楽しみにしているから、せいぜい頑張れよ」
そう言って肩を竦めると、彼は野球道具を手にしてリビングから出て行った。
「べ〜っ、だ!」
さくらはそんな兄にアカンベエをする。
それから、奪い返したノートを一瞥した。
その瞳には、どこか不安そうな色が浮かんでいた。
「……でも、もしかしたらお兄ちゃんの言う通り、
本当はそんなノートじゃないのかもしれない。
一つだけ、かなわなかったお願いがあるんだよね。
さくらは首を左右に降ると、ノートを机の上に戻した。
同時に、不意に窓から風が吹き、それによってノートのページが捲られる。
そうして開かれたノートの1ページ1行目には、その願い事に対する気持ちを表すかのような大きな文字で、こう書かれていた。
『お兄ちゃんと同じチームで野球をする』
「どういう事なんだろ。うにゅう〜……」
さくらは深く嘆息した。
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