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『暖かくなると、やる気が削げるものですね』
『それはいつもの事ですよね?』
ミーナの容赦ない突っ込みが、今日も喫茶Dennouに響く。
三月も下旬に突入した。
日差しや風は大分暖かくなり、もう大分春の様相を見せている。
新たな土地で新生活を迎える新社会人の多くは引っ越しを終え、既に仕事が始まっている者もいる。
既に社会に出ている者達は新年度に向けて、より熱心に仕事に取り組み、
春休みを満喫している学生達は、新たな生活に胸を膨らませている。
皆、何らかを心に期す時期なのである。
……相変わらずフリーターの主人を除いては。
『相変わらずミーナさんはキツいなあ』
『主人さんの為に言ってるですよ。ちゃんとお仕事探しましょう?』
『むう。それはありがたいんですけれど……』
カウンターを挟んで、ミーナと話す。
彼女の言う事は耳が痛いのだが、つまりは反省すべき点である。
四月になれば、フリーター生活も二年目に突入してしまう。
流石の主人も、それがどれだけマズい状態なのかは理解している。
(二年目になると、さすがに正社員で入れる所も減るしなあ。
それに、このままナアナアでフリーター暮らしを続けてしまうのも怖いし)
そうは思う。
そうは思うのだが、正社員の仕事を探そうという気がなかなか起きない。
その辺り、既に手遅れなのかもしれない。
『でも、あれですよ。あれあれ』
手遅れが言う。
『はいはい。あれって何ですか?』
ミーナは苦笑しながらそう言って、手元に置いているキャンディーを一つ頬張った。
主人が、ホワイトデーに配ったキャンディーである。
『求人サイトを見る為に、ネットに繋ぐじゃないですか』
『はい』
『まず検索サイトに繋ぐんですけど、最近はゲームの広告も多いんですよね』
『はい』
『そこでフラフラ〜っとバナー押しちゃうの』
『はあ』
『公式サイトが面白いと、その会社の他のゲームのページも見ちゃうの』
『………』
『で、いつの間にか時間が過ぎちゃうわけですよ』
『……それは怖いですね』
ミーナがジト目で言う。
『ですよね、怖いですよね。時間が吹きとんだような感覚ですよ』
『いえ、怖いのは主人さんのネットサーフィンです』
『ぐう』
何も言い返す事ができず、唸る他ない主人であった。
『頑張って下さいよ。本当に』
ミーナは少しだけ表情を緩めてそう言う。
それから彼女はカウンターから出て、主人の隣の席に腰かけた。
キャンディーの入った皿も持っており、それを主人に向けて差し出してくる。
まさしく、飴と鞭である。
『……ごちそうになります』
自分がプレゼントしたものなのに、恐縮しながら飴を貰う。
『どういたしまして。……ところで主人さん』
『ん、なんでしょう?』
『どんなゲームだったんですか、それ?』
僅かに見上げながら尋ねてくる。
なんだかんだで、ゲーム自体には彼女も興味があるのだった。
『ふむ。ええと……』
主人は一度言葉を切る。
主人が興味を持ったゲームは、ファンタジーRPGだった。
剣と魔法の世界で、主人公達パーティーが敵を倒す、非常にシンプルな世界観。
システムも、従来のRPGと比べて特に真新しい所は見受けられない。
これだけでは到底受け入れられそうにはなさそうだが、
有名シリーズ物で固定ファンは多く、また王道である事は、多くの者の好みから逸脱していない事でもある。
……その旨を説明すれば良いのだが、主人はすぐにそう発言する事が出来なかった。
(むむむ……なんと言おうか……)
キーボードにかけた手を完全に静止させ、口の端を引きつらせながら考え込む。
最近据え置き機で遊んでいない為に、
ちょっと良さそうなものがあったら買ってみようと思ってはいた。
だが、何でも良いというわけではない。
彼は、このシリーズを殆ど遊んだ事がなかった。
システムもシナリオも特に興味を引くわけではない。
では、何に惹かれたのか。
キャラクターである。
女の子がたくさん出るのである。
可愛いのである。
名前を聞いた事がある声優が演じているのである。
胸やお尻が付き出ているのである。
露出も少々激しかったりするのである。
(女の子の胸が大きかったので、とはさすがに言えんぞ。むう)
『主人さん、どうしました? フリーズしましたか?』
ミーナが声を掛けてくる。
考え込んでしまって、大分時間が経ったようである。
『あ、ごめんなさい。ちょっとね。……ええと、まあ普通のRPGですよ?』
ここまで考え込んで、やっと適当にお茶を濁せば良い事に思い至った。
『はあ。で、買ったんですか?』
『買いましたよ。もう何日かしたら届くんじゃないかな』
『だったら、遊んでみて面白かったら、また教えて下さいね』
『分かりましたー』
「ふう〜」
やっとその話を終えて、主人は深く息をつく。
そうして落ち着いた所で、ふと、一つの疑問が浮かび上がった。
「……そういや、なんで戦闘するのに女の子だらけなんだろ」
亜空間喫茶Dennou
第六話/メイドおっさん
翌日、主人が喫茶Dennouの二階席で寛いでいる時の事だった。
トタトタと可愛らしい足音を立てて女性のアバターが階段を駆け上がってきた。
アバターこそ女性ではあるが、中身はサングラスを掛けた冴えないおっさんのBARUである。
『主人、今日も元気かニャ?^^』
『BARU程じゃないけれどな』
今日も高めのテンションのBARUと挨拶を交わす。
そこでふと、今日のBARUに普段とは違う所があるのに気が付いた。
アバター本体こそ普段通り、小柄でつぶらな瞳をした猫耳少女である。
だが、纏っている服装が異なっていた。
普段は灰色のワンピースなのだが、今日はフリル付きエプロンとミニスカート、それにカチューシャも付けている。
つまりは、メイド服である。
『その恰好どうしたの?』
『課金アイテムショップでセールしてたのニャ。
可愛いからつい買っちゃったのニャー☆ミ』
BARUはそう言うと、片手を頬にあてがって笑う。
同時に中の人を連想して気分が悪くなる……のは、いつもの事なのだが、
今日の主人の心中は、それに加えて、一つの疑問が浮かび上がってきた。
『なあBARU、可愛いから買ったって言ったよな?』
『言ったニャ☆』
『でもお前、男だよな?』
あまり好ましい質問ではないとは分かっていたが、ズバリ聞いてしまう。
『違うニャン。BARUちゃんは女の子なのニャン☆』
『いや……』
『主人の言いたい事は分かるニャンよ?』
BARUは主人の言葉を切るようにして言った。
それから、主人の向かいの席に座る。
スカートを抑えながらの、品の良い所作だった。
主人も無意識のうちに居住まいを正して、BARUの次の言葉を待つ。
『内輪のここでだから言うけれど、確かに中身は男なのニャ』
『だよな』
『でも、浅梨はBARUじゃないのニャン。今は女の子なのニャン☆
だから可愛い格好するのよ。ミィ〜^^』
『ふむ……』
BARUの言葉を受けて、少し考え込む。
さほど待たせずに、考えは整理できた。
『……ありていに言えば、格好も含めてなりきるのが楽しいって事?』
『そうよ。でも主人、そんな事外で言っちゃダメニャン』
『ごめんごめん、それは分かってる』
バツが悪そうに頭を掻きながら言う。
『でも、こういうのって、なりたい自分になるものじゃないの?』
『そう言えば前にそんな話したっけニャ』
BARUが目を細めながら言った。
BARUやサイデンと現実で会って間もないうちに、そんな話をした記憶がある。
その事自体は忘れていたが、なりたい自分になる、という考え方だけは覚えていた。
『それも一つの考え方だし、別垢ではそういうキャラにもなってるニャ。
でも、BARUちゃんは、どちらかといえば可愛いからやってるのニャン』
『可愛いから?』
BARUの言葉を繰り返す。
『そうニャン。どうせ動かすなら可愛い子の方が、見ていてハピハピなのニャン〜^^』
そう言いながら、BARUは立ち上がると、小刻みなステップのダンスモーションを始めた。
この所、背後の浅梨というプレイヤーの顔がちらついていた為に深く考える事は無かったが、確かにBARUというキャラクターは可愛い。
衣服や仕草にも課金して可愛らしさに磨きをかけているものだから、単純な見た目では、喫茶Dennouの女性陣よりも可愛いかもしれない。
『なるほどなあ。可愛いからか』
頷く主人。
『じゃあ、他のゲームでも女の子使ってるの?』
『まあ、使う事は多いニャ』
『恥ずかしいとか思ったりはしないの?』
昨日のミーナとの会話を思い出しながら言う。
自分は恥ずかしくて言い出せなかったのだが、彼はどうなのだろうか、と思う。
『愚問だニャン。今更も良い所。羞恥心なぞ欠片もないのニャ』
胸を張りながら言うBARU。
主人は、あまり大きくはない胸だ、と関係のない事を考えてしまう。
『可愛いは正義なのニャ。可愛いの前には全てがひれ伏すのニャ』
『ほほう』
『格闘ゲーム、メカパイロット、冒険者、野球ゲーム……
男の子の方が肉体的に適している世界にも、女の子がいっぱいなのニャ^^
良く考えれば不自然なのに、その流れが変わらないのは、需要があるからなのニャ。
みんな、可愛いからそれで良しと思っているのニャン☆』
BARUが一気にまくし立てた。
言われてみれば、確かにその通りである。
主人が先日購入したゲーム以外に限らず、女性キャラクターというものは多い。
皆それで良しと思っているのかどうかは分からないが、女性キャラクターが多いのは事実である。
『ふむう。なるほどねえ……』
主人はもう一度頷いた。
………
……
…
「判子、ありがとうございました!」
「いつもどうもです〜」
宅急便の配達員と、軽快な挨拶を交わす。
主人の家には、ほぼ週一のペースで宅急便の配達員がやってくる。
その殆どは、開田が発注した物の配達ではあるが、受け取りは主人が行う事もある為に、
主人もおのずと配達員とは顔なじみになっている。
とはいえ、この日届いた物は、主人に向けて送られた物であった。
「いやあ、やっと届きましたよお」
軽やかな足取りで部屋に戻りながら、包装を解く。
中から出てきたのは、先日注文したゲームだった。
箱も片付けずに、早速ゲーム機の電源を付けて、ディスクを挿入する。
メーカーロゴとタイトル画面の間の暗転中、黒い画面に自分の間抜けな顔が映ると、顔を背けてしまう。
だが、その苦しみも僅かな時間である。
タイトル画面が表示され、いよいよゲームが始まる。
好印象を持っていたキャラクターはメインヒロインであり、ゲーム開始直後からのパーティーメンバーだった。
図らずとも、先日のBARU同様にメイド服をまとったキャラクターだ。
ステータス画面で全身図を見て、思わず頬が緩んでしまう。
「さあ、育てますよお」
「誰を育てるんでやんす?」
「ぬおおっ!?」
突然掛けられた声に肩を跳ね上げながら振り返る。
自室にいたはずの開田が、気づかぬうちに部屋から出てきて、後ろからテレビを眺めていた。
「そ、そこまで驚かなくてもいいでやんすよ」
そういう開田自身も、主人の反応に少々驚いたような声で言う。
「いや、いるとは思わなかったから」
「聞きなれないゲームの音楽が流れてきたでやんすからね。
で、主人君は誰を育てるんでやんす?」
「むう……」
一瞬、返事に躊躇する。
だが、すぐに先日のBARUの言葉が脳裏をよぎった。
恥ずかしがって好みを曝け出せないのも、どこかもったいない気がする。
「……このメイド服の子」
緊張を覚えつつ、一度閉じたステータス画面をもう一度開いて示す。
「ほうほう。なかなか悪くない趣味でやんすね」
冷やかされるかもと思っていたが、そのような事は無かった。
開田は興味深そうに画面を眺めながら主人の隣に座る。
その反応に、主人の緊張は一気にほぐれた。
「だ……だろ? だろだろ?」
「見た目から入るのは重要でやんすからね」
「それに、メインヒロインっぽいから、多分途中離脱もしないだろうしさ」
「あー、それは大きいでやんす!
精魂込めて育てたのに、永久離脱されたり最終戦に不参加だと、ガックリくるのでやんす!」
二人して大いに盛り上がる。
こうして、立派なマニア……改め、メイドおっさんがまた一人生まれたのであった。
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