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三月に入った。
風の刺すような冷たさはさすがに和らぎつつあるが、まだ暖かくもない。
積極的に外出しようと思いたくなる程の気候ではなく、主人はこの日も昼間からパソコンの前に腰掛けていた。
彼のライフスタイルは、気候にさほど左右されるものではなかったが、とにかくパソコンの前に腰掛けていた。
『最近、ゲームやってないなあ』
いつもの如く喫茶Dennouに入り浸る主人は、
ソファ席に深く背中を預けながらそう呟いた。
『ゲームって……ちょうど今、ツナミネットをやってるだろ?』
『ゲームが出来るエリアじゃないけれど、チャットゲームには変わりないニャ^^』
向かいの席に座っているサイデンとBARUが言う。
この日、喫茶Dennouにいるのはこの三名だけだった。
フリーター三人組でもある。
うだつのあがらない組み合わせだった。
『そういう意味じゃないんだ。テレビゲームって事』
彼らの疑問に対して補足をする。
『なんだ、コンシューマゲームの事か。お前、野球ゲームやってたんじゃなかったの?』
『二ヶ月くらい遊んだら、さすがにやらなくなったよ』
『携帯機ゲームでは遊んでるのかニャ?』
『そっちはたまに遊ぶかな。
据え置き機の方は、もう一ヶ月くらい起動してないかも』
アルバイトの通勤で電車に乗っている時に、何度かパズルゲームで遊んだ記憶があった。
昔は、電車の中で携帯機で遊ぶのは恥ずかしかったものだが、いつ頃からそういう恥ずかしさを感じなくなったのだろうか。
『そう言われれば……俺もそうかもしれないな』
サイデンがふむ、と言わんばかりに腕を組む。
『最近はツナミネットで遊べるネトゲばかりやってるな。
コンシューマ機は、もしかしたら今年に入って触ってないかもしれない』
『あたしも似たようなもんだニャ。
外出する時に携帯機ゲームとかスマホアプリで遊ぶ事はあるけれどニャ☆』
二人の言葉にBARUも同調する。
『やっぱりあれだな。据え置き機に拘らなくても事足りるんだよな』
主人が言う。
『携帯機もスマホアプリも進化してるから、大容量じゃなくても満足するんだよな。
その他だって、ネットゲームは交流が楽しいし、ソーシャルゲームは中毒性があるし』
『ゲームの多様性ってやつだな。
子供の頃は、よく据え置きで遊んだんだけれどなあ』
サイデンがこくりと頷いて同調してくれた。
また主人も、サイデンの言葉に親近感を覚える。
高校に入ると野球部が忙しくなってゲームとは疎遠になったが、
小、中学校の頃には、よく友達を招き、また遊びに行ってゲームで遊んだものだった。
『むむむ。良い事思いついたのニャ^^』
BARUがそう言いながら立ち上がり、意味もなくダンスのモーションを開始した。
『急にどうした?』
そう尋ねながら、嫌な予感に苛まれる。
トラブルメーカーの言う良い事は、大体ろくでもない事である。
『今から主人の家に遊びに行くのニャン!
そんで、一緒に据え置き機で遊ぶのニャ! ミィ〜☆』
『えええっ!? 今から??』
不意打ちの提案だった。
話も急なものであったが、BARUが主人の家に遊びに来たのは過去に一度だけで、その意味でも予想外である。
『都合悪いかニャ? そういえば主人はルームシェアしてたっけニャ?』
『いや、開田君は今日は外出してるから良いけれど……本当に今から?』
『こういうのは後回しにしたら、絶対やらなくなるのニャ^^』
確かにその通りである、と思う。
考えてみれば、断る理由もなかった。
ネットでは奇行が目立つBARUだが、現実では比較的まともである。
(確かに断る理由はないんだけれどなあ……)
『安心しろよ、主人』
どうしたものかと考え込んでいると、サイデンが声を掛けてきた。
『俺も今日はやる事ないから遊びに行くよ。
BARUが変な事しないよう、お目付け役も必要だしな』
そう言って、グッと親指を突きたてる。
先日の機転といい、頼もしい男である。
……あくまでもネットでは、なのだが。
「いや、現実だとお前が一番心配なのよ……」
主人は酷く嘆息した。
亜空間喫茶Dennou
第五話/ひとんちゲーム
彼らは、その日の19時を過ぎたころに、主人の家へとやってきた。
「にょほほほほ〜!」
早速響く奇妙な笑い声。
主人公が『現実』で最も不安視したサイデンこと、田西幹夫の声である。
「主人殿の家に遊びに来るの、久しぶりでござるなぁ〜!」
「おい馬鹿、そのフィギュアは俺のじゃないから勝手に触るんじゃない!!」
床を踏み鳴らしながら、棚に飾られているフィギュア群に駆け寄った田西を慌てて止める。
主人の家は、大小二つの部屋から成る。
玄関に直結している大きい方の部屋は、食事その他の共有スペースを兼ねた主人の部屋で、
隣の小部屋が開田専用部屋となっている。
開田の部屋には幾多のオタクグッズが揃っているのだが、部屋に入りきらないという事で、
一部のフィギュアは共有スペースを兼ねている主人の部屋にも飾られていた。
体重は三桁キロに達していそうな巨漢の田西を止めるのは容易ではなかった。
加えて、服はよれよれで汚れもあり、あまり積極的に触れたいものではない。
(うへぇ〜っ、いきなりこれかよぉ!)
なんとか田西の間に割って入りながら、家に招いた事を後悔する。
「まあまあ、田西。今日はゲームしに来たんだろ?」
その後ろから、サングラスをかけたBARUこと浅梨順一郎がたしなめる。
室内でもサングラスとはこれいかにと尋ねようかとも思ったが、
せっかく田西に注意してくれているので、控えることにする。
「おお、左様左様。
で、テレビはどこでござるか?」
「そこ」
部屋の一角に設置されたテレビを指し示す。
実家から持ち出した、25インチのややこじんまりとしたテレビである。
「ふむ、ちっちゃいでござる」
「これしかないから我慢してくれよ」
「いやいや、幅を取らずにすみますな。
ちっちゃい事はいい事ですぞ。ニョホホ〜ン♪」
「田西が言うと犯罪的に聞こえるよ」
淡々と突っ込む主人。
「ええと、最新ハードは無いんだったよな?」
浅梨が尋ねてきた。
テレビの前に設置されているのは、一世代前のハードである。
「そうだよ。最新ハードはまだ買ってないんだ。
買うのは、欲しいソフトが出てからかな」
「まあ、そうだよな。さて、それじゃ何で遊ぶよ?」
「はいっ! 拙者に名案がござるっ!」
田西がテレビの前にどかっと腰を下ろしながら言う。
「……何?」
絶対にろくでもない案だとは分かっている。
だが、そう言われれば聞き返さなくてはならない。
「ずばり、RPGですぞっ! お勧めのゲームを持ってきたのでござるよ〜」
「却下」
ジト目でジャッジ。
「え〜っ。駄目でござるか?」
振り向きながら上目遣いで聞いてくる。
可愛い仕草なのだが、可愛くない者が行うと破壊力が別の意味で高かった。
「駄目! 考えれば分かるだろ。全員で遊べないじゃん」
「子供の頃は、友達のRPG見てても満足だったでござろう?」
「今はそれじゃ面白くないから駄目!」
「面白い! 絶対に面白いでござるっ!」
「却下ーっ!!」
これ以上言いたい放題にさせても、ろくな事がなさそうである。
強めの口調で田西の提案を却下する。
「ふ、ふしゅる〜……」
空気の抜けたような音を立てて、田西は肩を落とした。
………
……
…
結局、三人は無難に対戦型アクションゲームで遊ぶ事にした。
一試合が五分程で終わるので、さくさくと立て続けに遊ぶ。
有名なゲームだった為に、三人ともそれなりに慣れてはいる。
だが、徹底的にやりこんでいた者はいない為、
勝ったり負けたりを繰り返す、程良く盛り上がる展開となった。
「ふぅー、俺、次のステージパスな」
十試合程終えた所で、浅梨がコントローラーを手放した。
「あれ、どうしたの?」
「ちょっと目が疲れた。アクションゲームやるとすぐこれだ。
昔はそうでもなかったのになあ」
そう言ってサングラスを取り、目をほぐすように目頭を押さえる浅梨。
「年だな」
「年でござるな」
主人と田西がぼそりと言う。
「なんだと! まだそんなに年くってねえぞ!」
再びサングラスを掛けながら、強い口調で言う。
「ところで、ゲームが映らなかったらどうするでござる?」
「ふーふー?」
面食らいながらも反射的に答える浅梨。
「おっさんだな」
「おっさんですぞい」
「お、お前ら……」
浅梨はわなわなと肩を震わせる。
だが、その肩をかくりと落して首を左右に振る。
なんだかんだで、否定ができない突っ込みであった。
「……まあ、いいわ。それより主人、漫画雑誌とか無いのか?」
「開田君は立ち読み単行本派だし、俺は買ってないよ。
というか、休憩なのに目が疲れるような事するなよ」
主人にそう言われた浅梨は、確かにその通りだと言わんばかりに頭をかく。
「そりゃそうだな。
……待ち時間に漫画って、なんだか子供のころから習慣になっててな」
「ああ、確かに友達の家にゲームしに行ったら、そうしてたかも」
「だろだろ? やっぱりそうだよなあ」
二人して漫画の話で盛り上がる。
児童向け漫画雑誌には、二大雑誌がある。
知名度の高い作品を取り扱った雑誌と、比較的マイナーな漫画を揃えた雑誌。
そのうち、主人が良く買っていたのは前者であったが、
以前、ルームメイトの開田と話したところによれば、彼は後者を愛読していたそうである。
不思議なもので、もしくはなるべくしてそうなるのか……
後者を読む者には、後にマニアと呼ばれる人種になる者が多かった。
「ふむむ。友達の家といえば」
そこに田西も会話に加わってきた。
「友達の家で遊ぶアクションゲームは、大抵クリアできませんでしたなあ」
「「あー、そうそう」」
主人と浅梨が声を合わせて同調した。
「まず、子供だから遊べる時間が限られていたな」
「それに、昔のゲームってセーブできないよね」
「たまにパスワード方式のゲームはあったでござるが、
あったところで当時の腕では終盤でゲームオーバーでござった」
「「「だよねえ〜〜」」」
今度は三人で声を合わせる。
「ニョホホ! それを考えれば、大人万歳でござるな!
こんな時間に人の家でゲームができるでござる!」
「自分の家でも24時間できるしな。大人最高だぜ」
「いや、流石にそれはどうかと思うぞ」
田西と浅梨の問題発言に突っ込みを入れる。
……のだが、主人も内心ではそうありたいとも思っていた。
やはり、うだつのあがらない三人組なのである。
………
……
…
田西と浅梨は、その後二時間程遊んで帰る事となった。
二人を見送りに玄関を開けると、季節の境目特有のぬるい風が入り込んでくる。
夜が来るのも、少しずつ遅くなっている。
春は、少しずつ近づいている。
(早く春になると良いなあ)
見送りながら、そんな事を考える。
春になった所で生活に変化があるわけではない。
しかし、どことなく気持ちが高揚するものだった。
「ふひー! 何の実りもない一日でござったなあ!!!」
田西が情緒をぶちこわした。
「んじゃ、来たがるなよ」
意味もなく胸を張る田西に、苦笑しながら突っ込みを入れる。
彼の言動は案の定、気疲れを起こすものばかりであった。
だが、それでも一人で遊んでいるよりは良かったかもしれない、と主人は思う。
「まあまあ、ゲームってのはそんなもんだ」
そこへ、浅梨がフォローを入れる。
「ゲームってのは所詮暇潰しだよ。
そりゃ、考えさせられるゲームも沢山あるけど、そんなのばかりじゃ息も詰まるしな。
俺達なんかは特に『あー楽しかった』と言えれば、それで十分だ」
「悟ったような事言うでござるな」
「おっさんだからな」
「だから、おっさんって言うんじゃねえ〜〜っ!!」
浅梨の叫び声は、冬の終わりの夜空にこだました。
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