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ツナミネットにアクセスします。
IDとパスワードを入力して下さい。
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認証に成功しました。
接続サーバーを選択して下さい。
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TUNAMI NETWORK
ツナミネットへようこそ!
大規模MMOからシンプルゲームまで、
フレンド達と楽しいひとときを!
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……
…
プゥン。
あえてチープに作られた起動音が鳴る。
緑色の直線が、黒一色の空間に引かれた。
その線は瞬く間に、数百か数千か、或いはそれ以上の数となって黒い画面の中を駆け巡る。
幾多の線と線が組み合わさり、3Dモデルのロゴが完成したかと思うと、一瞬でそのモデルに色が付いた。
表示工程を見せる演出は、そこまでである。
電子のきらめきは、一瞬にして色鮮やかな世界を作り出す。
ロゴの着色と同時に、その周囲には、青を基調とした近未来的なロビーが表示された。
回線速度の遅れから、周囲のアバターはそれから少し遅れて表示される。
この待ち時間が、なんともじれったいものである。
【ツナミネット】
それが、ログインした主人公(ぬしびと・こう)のアバターの眼前に表示されているロゴ、
そして、ウェブ空間において圧倒的な市民権を確立した、総合ゲームサービスの名称である。
世界を牛耳っていると言っても過言ではないツナミグループは、当然の事ながらウェブサービスにも早々に食指を伸ばしていた。
そのサービスの一端であるツナミネットは、グループの拡大に比例して勢力を拡大した。
MMORPGからシンプルなカードゲーム、ボードゲームまで、幅広いゲームを取り揃え、個々の質は非常に高い。
サービス内で操作するアバターこそシンプルではあるが、多岐に渡るゲームに対して、
豊富なコミュニティー空間と高い操作性を掛け合わせたツナミネットは、
結果としてゲームへの依存度を、従来のどのサービスにもない程に高めることに成功した。
【もう一つの世界が、ここにある】
莫大な予算にて展開された広告の一つには、そんな文言がある。
だが、そのような広告がなくとも、ツナミネットには市民権を得るだけのサービスが備わっていた。
そして、主人もまた、その世界の虜となった一人であった。
「ええと、誰が来てるのかな……」
主人は腰掛けている椅子から僅かに身を乗り出し、フレンド一覧を開く。
サイデン:ON LINE
BARU:ON LINE
ウズキ:ON LINE
ミーナ:ON LINE
レン:ON LINE
パカ:OFF LINE
スター:OFF LINE
ピンク:OFF LINE
ゼット:OFF LINE
シズマ:OFF LINE
EL:ON LINE
アッシュ:OFF LINE
ユウジロー:OFF LINE
「今日はELもログインしているのか。
まあ、ログインはしても、来てはいないだろうけれど……」
画面隅のウィンドウに、交友関係のあるユーザーのログイン状況が表示された。
それを眺めながら、主人は青いロビーの廊下を歩く。
廊下には幾つかの扉が並んでいた。
その中の一つの『共有プライベートルーム』と表示された扉の前に立つ。
扉はその名の通り、個々の共有プライベートルームへと繋がっていた。
そこに辿り着く為には、ルーム名とパスを入力しなくてはならない。
そうする事によって、それを知るものだけが入る事のできる身内部屋が、共有プライベートルームである。
「喫茶Dennou、gamezanmai、と……」
慣れた手つきで入力する。
扉が開き、その先に踏み込もうとした瞬間だった。
『ややっ、主人君みっけだミャ☆』
フレンド用チャットウィンドウに文字が表示された。
気がつけば、すぐ傍に猫耳の女性アバターが居る。
フレンドのBARUだった。
『BARU。Dennouにいたのかと思ってた』
主人は立ち止まり、BARUに返事をする。
『今日は忙しくて寄れそうにないのニャ。みんなに宜しくニャ^^』
『忙しいって何が?』
『そんなのゲームに決まってるニャ。今日は三が日最終日だニャ。
今日まで正月サービスをしているゲームが多くて忙しいのニャン☆
今日は朝から経験値二倍のMMOに篭ってたのよ。ミュ〜 ミ☆』
『……三が日、外に出たの?』
『出るわけ無いニャン。I am always onlineニャ^^』
『マジっすか』
アバターに汗をかかせる。
主人もそれなりにツナミネットに繋いではいるが、BARUには到底及ばない。
思わず現実側でも、引きつりかけた笑みが浮かんだ。
『当然ニャ^^ 全力で引きこもれる食料の準備もしているから、存分に遊ぶのニャ。
みんなが外出している正月こそ、差を付けるチャンスなのニャン。それじゃ〜ニャ〜 ノシ』
BARUのアイコンは投げキッスのポーズを残して去っていった。
それ自体は非常に愛らしいのだが、中の人がオタクっぽい男性である事を、主人は知っている。
その男性としての顔を思い出すと、気分が良いものではなかった。
「ネットって怖いよなあ」
ぼそりと呟く主人であった。
亜空間喫茶Dennou
第一話/無職、本気を出す
喫茶Dennouは、元デンノーズのメンバーが入り浸るプライベートルームである。
その名の通り、喫茶店を模して作られたプライベートルームで、十五畳程のフロアが二階分。
プライベートルームにしては、ややこじんまりとした作りだ。
ただし、細部のインテリアは非常に凝っており、雰囲気のあるものだった。
建物は木造だが、古さよりも、鮮やかでスタイリッシュな素材感が出ている。
隅々に並べられた観葉植物や、各所に吊られている照明も、気分を明るいものにしてくれる。
主人が知らない曲だったが、クラシックのBGMも常にかかっていた。
席は、カウンター、テーブル、ソファがそれぞれ用意されている。
各々が比較的腰掛ける事が多いのは、カウンター席だった。
この日も、一名を除いた滞在者は全てカウンター席に着いていた。
インテリアは、いずれも課金アイテムである。
デンノーズは、昨年の夏にハッピースタジアムで優勝こそしたものの、
決勝で起こった一騒動の為に20億の賞金はうやむやになっていた。
抗議しようという声も出たが、刑事であり裏事情に詳しい渦木の説明で、その声は沈黙化している。
『事件の一部始終を知る自分達が口封じされないのは騒ぎを起こさないからでしょう。
余計なアクションを起こせば、消されるかもしれません』
命あってのなんとやら、である。
そういったわけで懐事情が寂しい面々には、これだけの空間を作るのは簡単な事ではない。
だが、その金銭的痛みも厭わずにプライベートルームを立ち上げた人物のアバターが、カウンター席の向こう側にいる。
武内ミーナ。
意外にも、比較的ネットゲームに疎い彼女こそが、このルームの製作者だった。
『へえ、MMORPGですか。私やった事ないですね』
主人からBARUの話を聞いたミーナが、鮮やかな青髪を微かに揺らして苦笑する。
服装はデンノーズのころと変わらないシンプルなシャツとロングスカートだが、
今ではそれに加えてエプロンを纏っていた。
『面白そうだけれど、ハードル高そうです。……はい、ココア』
『ありがと。おー、あったか』
一通り、BARUとの出来事を喋り終えた主人の前に、ミーナがココアを出してくれた。
無論、実際に飲めるものではないのだが、
ツナミネットに慣れるうちに、実際に飲んだかのようなアクションを無意識で返すようになっていた。
主人のその反応を見て、ミーナは満足そうに頷く。
喫茶Dennouというプライベートルームを製作した手前、彼女はここの店員になりきる事がある。
そういう遊びも面白いもので、主人達も客として応対していた。
「でも、大した進歩だよなあ」
ふと、現実で腕を組む。
「ゲームに疎い方だったミーナさんが、お金かけて元デンノーズが集まるプライベートルームを作るんだもんな。
ツナミは嫌いでも、ツナミネットはそんなに気に入ったのかな?」
そう独り言を零しながら、モニターを眺める。
カウンターには自分の他に、サイデン、ウズキ、レンが腰掛けていた。
ON LINEだったELは、案の定喫茶Dennouには来ていない。
ここを立ち上げた直後こそ、何度か顔を見せたが、今は何か他に忙しい事があるらしい。
他のメンバーも、音信が途切れがちな者や、ハッピースタジアムでの決勝後に顔を見せなくなった者がいる。
だからこそ、今でもこうして一部のメンバーと会話が出来るのは、心地が良いものである。
『MMORPGかあ。引退したけど昔はやってたなあ』
サイデンが発言する。
『それでは、昔はやっていたのですね?』
それにウズキが反応を示した。
『ああ。でも課金バランスが途中で崩れて、ギルマスがやる気なくしてINしなくなったんだ。
頭が消えたら下も同じ。ギルドが自然解散してさ。
俺もバランスに嫌気が差してたから、良い機会って事で引退したよ』
『意外だな。サイデンはどちらかというと廃課金側だと思ったけど』
主人が会話に入る。
『そりゃ俺もそれなりには課金するよ。でもMMORPGだと、金は使わないライト層だな』
『ほほう?』
『MMORPGはハマると社会復帰が難しいんだよ』
「社会、ねえ」
主人は表情を曇らせる。
無職の彼が好きな言葉ではなかった。
『廃人のコピペとかたまに見るだろ? MMORPGの廃人は本当にああいうレベルまでいくからな。
そうなっちまうと、現実が二の次三の次になる。
正直、廃人生活も、それはそれで面白そうだとは思うが……俺はハマるタイプだからな。自制するんだ』
『なるほど、賢明ですね』
ウズキが言った。
まったくだ、と主人も思う。
サイデンの中の人、トラブルメーカーである田西という人物の言葉とは思い難い。
『いつもログインしている奴とかいたけど、日頃は何してるんだろうなあ』
『BARUの事だな』
『www』
『wwwww』
『まさしくこの三日はそうですからねw』
サイデンの疑問に主人が答える。
チャットウィンドウに、どっと笑い声が広がった。
『ところで主人さんは?』
不意に、ミーナが尋ねた。
『ん、どういう事?』
『主人さんは、日頃どういう事をするのか、決まりましたか?』
「ぐう」
ぐうの音を漏らす。
就職活動の進捗を聞かれているのである。
『それは、ええと、うむう』
『決まっていないのですね?』
『いや、つまりは、あのね』
『決まっていないのですね?』
『……はい』
淡々と尋ねるミーナに白旗を揚げる。
『別に責めているわけじゃありませんよw
応援していますから頑張って下さいね。今日は求人サイト、繋ぎましたか?』
『い、いいえ』
家電の安売りサイトに繋ぎました、とは言えなかった。
『大丈夫ですよ、主人さん!』
レンも主人を元気付ける。
『私も苦労しましたけど、ちゃんと決まりました。頑張れば絶対決まります。私も応援していますよ』
レンの長髪黒髪のアバターは笑顔でそう言う。
彼女は元々ネナベだったが、ハッピースタジアムの決勝で面が割れてからは開き直ったようで、
アバターも喋り方も、中の人である浅井漣のものとしている。
アバターは彼女のお手製で非常に質が高く、現実の彼女が笑ったような愛らしさがあった。
『う、うむ、頑張らなきゃなあ』
女性陣に相次いで応援されては、主人も悪い気はしない。
そうは言ったものの、長引く就職活動に少々嫌気が差しているのは事実である。
『……とりあえず、二月から頑張るって事でいいよね?』
『駄目人間ですね』
『駄目人間だ』
主人の泣き言に、ウズキとサイデンが突っ込む。
「ぐう」
またぐうの音を漏らす主人であった。
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