それにしても困った事になったと、小波は口の中で溜息を洩らした。
 口の中である。
 この状況で大っぴらに息を吐き出すわけにもいかないのだ。
 そのような事をすれば、10cmの間を隔てて向かい合っている神木唯が、どのような反応を示すか分かったものではない。
 
「こ、困ったわね……」
 不意に唯がボソリと呟く。
 顔を伏せている彼女の表情を伺う事は出来ないが、声は普段の明るいものではなく、ボソボソと呟くようなものだった。
「ん、そうだね」
 小波もぶっきらぼうな返事を返す。
 彼とて、平常心を保つのに精いっぱいで、普段通りにふるまう事は出来ない。
 無理もない事である。
 もう5分以上、身体を隣接させるより他ない、狭い物置の中に二人でいるのだ。
 
「扉が壊れて開かなくなっちゃうんだもん……
 ごめんね、私が狭い物置に押し掛けたばっかりに」
 唯の声は申し訳なさそうだった。
 そもそもの原因は、小波が物置から練習道具を取り出そうとした時に、唯が悪ふざけをして物置に押し掛けた事にある。
 その衝撃で閉まった物置の扉は、相当建て付けが悪くなっていたようで、どうした事か開かない。
 はじめはガチャガチャと抵抗を試みていたものの……それでも開かなかった為に、二人は身体を向かい合わせて待機する事にした。
 
 
「い、いや、気にしないで……野球部の誰かが道具を取りに来るだろうから、すぐに開けてもらえるよ」
 小波はなだめるようにそう言って、唯の肩を軽くポンと叩く。
「ふぁっ!」
 唯はそれに鋭い反応を示す。
 全身をビクンと震わせ、一瞬だけ小波を見上げるが、すぐに顔を伏せる。
「あ、ご、ごめ……」
「う、ううん」
 気まずい空気が一層深まった。
 
(なんだろ、今の反応)
 唯を見下ろしながら小波は考える。
 それ位のスキンシップは、これまで普通にやってきた事である。
 という事は、彼女は何かしらの緊張を覚えているのだ。
 何か。
 思い当たりはある。
 おそらくは、自分と同じ緊張を覚えているのだろう。
 
(発情……してるとか?)
 小波は生唾を飲み込んだ。
 
 
 
「あ、暑いね」
「ん」
 唯の言葉に頷く小波。
 まだ季節は5月だが、このような密閉空間では気温も高まる。
 幸か不幸か、その暑さは、小波の理性を削りにかかっていた。
 
 身長差があるが、眼下の唯を眺める。
 制服の胸元に汗が見えた。
 小波にドキンと緊張が走る。
 次に学校指定のスカートの下部からは脚がチラリと覗く。
 黒のパンストをまとっている彼女の脚は、この状況では殺人的な魅力を持っていた。
 
 
(こ、この距離だし……)
 少し躊躇はあったが、決心する。
 両手をゆっくりと、彼女のふとももへと伸ばす。
 スカート越しに触れると、また唯の身体が揺れた。
「あうっ?」
「ご、ごめん、手が滑って……」
「そ、そっか……し、仕方ないわね、狭いし……」
 唯がしどろもどろな返事をする。
「そ、そうだよね、仕方ないよね」
 
 そう、仕方がない。
 この距離だから仕方がないのだ。
 だが、たまたま手が当たっても仕方がないという事ではない。
 この言い訳は、つまりは……
 
 
 
 
 
(発情しても、仕方ないよね……)
 
 
 
 
 
 小波は、彼女の太ももに当たった手を、スカートの中へと滑らせた。
「ひゃんっ!」
 唯が高い声を上げ、小波を見上げる。
 暑さのせいか、それとも恥ずかしさのせいか、顔はこの上なく紅潮している。
「小波君……?」
「ご、ごめん……唯さん……その、俺……」
 謝罪はするが、行為は止めない。
 指先でツツとストッキング越しに太ももに触れる。
「ふ、あ、あん……」
 唯が体をくねらせた。
 だが、彼女は小波を押しのけようとはしない。
 暫くそのまま息を漏らして身悶えていたが、やがて顔を背けて小さな声で呟いた。
「し、仕方ないわよね。平常じゃないんだもん……。
 平常心を持てなくても、仕方ない……。
 いつもの私じゃないから、反応しても仕方ないもん……」
 
 
 
「!! そ、そう、だよね……」
 小波の全身を電流が駆ける。
 その電流は彼の下腹部の一か所に留まり、大いに隆起してみせる。
 野球部のユニフォーム越しでも分かるその隆起を彼女の下半身に押し当てると、唯はもう一度全身を震わせた。
 
「こ、小波君っ!?」
「あ、当てるだけ……当てるだけ、だから……」
「あうう」
 唯が否定も肯定もせずに唸る。
 そんな彼女のスカートをまくるようにして、ストッキングに股間を押し当てる。
 ほんのわずかだがザラついたような感覚が股間に走る。
 そのじれったさが堪らなかった。
 
「あ、当てるだけだよね?」
 不意に唯が呟く。
 次の瞬間、下半身に強い圧力が加わった。
 彼女から自分に向って、下半身を押し当て始めたのである。
 
「ふっ、あっ、ふうっ……」
「くふっ、あっ、ぁん……」
 狭い暗闇の物置の中、二人の猥らな吐息が漏れる。
 チークダンスのように下半身を押し当てあう。
 いやがおうにも、興奮は高まった。
 
 
 
「あ、当てるだけ、だし……」
 小波がもう一度そう呟いて、ズボンのチャックを下ろす。
 そうして下半身を弄ると、すぐにチャックから隆起したものが飛び出した。
 それを、直接唯の股間に押し当てる。
 
「あ、ああんっ!」
 どうにも、クリーンヒットしたようであった。
 彼女はこれまでの吐息とは異なる、明確な喘ぎ声を漏らした。
「あ、あふっ……小波、君……?」
「当てるだけ! 何も変わらないよ。当ててるだけだから……」
 
 確かに当てているだけ、という意味では変わっていない。
 何とも、とんでも理論である。
 
「ん、んんっ……」
 だが、唯は拒絶しない。
 なおも強く下腹部を密着させる。
 反り返った竿が、パンスト越しに彼女のクリトリスを削り上げた。
「あっ、あふっ!」
「うあ……」
「い……ぃぃ……」
 唯が身悶えながらそう口にする。
 それに応えて、小波も腰の動きを強める。
「あ、あふっ! あん、ふ、ふあ……
 だめ、もう、立てな……ああっ!」
 いよいよ唯の動きも激しくなった。
 小波の肩にもたれかかりながら、それでも下半身を押しつけ合う事をやめようとはしない。
 
「はあっ、はあ……はあっ……」
「ふあっ、あ、ああ……あふ……」
 いつの間にか、二人とも全身汗まみれになっていた。
 息を荒げながら、暫くそうして興奮を高めあう。
 もうこうなれば、後は時間の問題であった。
 
 
 
「小波、君……」
 唯が潤んだ瞳で見上げてくる。
 何事かと続く言葉を待つ。
 だが、大よその予想はできていた。
 
 
 
 
「発情、しちゃった……」
 
 
 
 
「! 唯さんっ!」
 彼女のその告白が引き金になった。
 パンストを引き裂き、パンツをずらすと、とうとう互いの性器を直接押し当てる。
 
「あ、ああんっ!!」
 唯が喘ぐ。
 その反応にますます興奮を高まらせて、ペニスを挿入する。
 互いに、この上なく潤滑油に塗れており、挿入はスムーズだった。
 
 
「あ、あ、あああああっ!」
「す、すご、ヌルヌル、して……」
「小波君のも硬くて、すご……ああっ!」
 もう、何の遠慮もない。
 互いに興奮をありのまま口にして、立ったままで行為に至る。
 唯の膣壁をエグるようにペニスを押し上げると、彼女は一際強い声を漏らした。
 
「はああ、ああんっ!」
「ゆ、唯さんっ!」
「いい……いいっ! もっと激しく……壊して……」
「唯さんっ! 唯さんっ!!」
「あっはっ! はあっ、あああああんっ!」
 唯のお尻を持ち上げるようにして掴みながら、腰を振る。
 彼女もそれに応え、小波にのしかかるようにして膣でペニスを咥える。
 心身ともに十分な前戯を終えている彼らの絶頂は、すぐにやってきた。
 
 
 
「す、すご……俺、もう……」
「ああっ! いいよ……いいっ!! はあんっ!」
 小波の言わんとする事は分かっているのだろうに、唯は腰を振る事をやめようとしない。
「唯さん、で、出るんだよ!?」
「いい、いいからっ! はああああっ!!
 気持ち良く……気持ち良くなりたいの……あっはっ!!」
「!! う、おおおおっ!」
「あんっ、あんっ、あんんんっ! あああああっ!」
 二人のリズムが重なる。
 激しくなる。
 この上なく高まる。
 そして……
 
「で、出る……うあああっ!」
「イ、イカ、されちゃう……ああああああああああんっ!!!」
 もう恥も外聞もない喘ぎ声と共に、二人は絶頂に達した。
 
 
 
 
 
 
 
「ふうっ、ふう、ふうう……」
「あ、あん……あふ……」
 互いに息を整える。
 小波もそうだが、唯も体力の消耗が激しかったようで、彼女は結合したままで身体を預けてきた。
 
「し、しちゃった、ね……」
「うん……」
 唯が赤い顔を隠すようにして胸元に埋もれる。
 だが、今さら羞恥も何もあったものではない。
 彼女はすぐに顔を起こすと、小波を真っすぐに見上げて声をかけた。
 
「……密室、癖になっちゃったかも。
 今度は、別の所でしようね」
 
 小波の返事は、言うまでもない。