その晩降り出した雨は、非常に強いものだった。
 天気予報では晴れと告げられていた所への雨に、街ゆく人々にも傘を差しているものは少なく、皆、雨宿りで急な雨を凌いでいた。
 付近の飲食店で雨を凌ぐ者。
 閉店間際のショッピングセンターに隠れる者。
 或いは……
 
「あっちゃあー……随分酷い雨だったなあ」
 小波は、気怠そうにそう呟きながら上着を脱いだ。
 全身を強い雨に打たれ、水気を存分に吸い込んだ衣服は、気持ち悪い事この上ない。
 脱いだ上着を、投げ捨てるかのように床に放り投げる。
 その様子を、ベッドに腰掛けている白瀬芙喜子は、眉を潜めながら眺めていた。
「あ、なにやってんのアンタ。床が濡れちゃうじゃないの」
 小波に苦言を呈する。
「まあ、俺の家でもお前の家でもないからいいじゃないか。
 ホテルの料金には清掃料も料金に含まれている事だし」
 小波は肩を竦めて白瀬に言葉を返す。
 それから、ジト目で彼女を睨みつけた。
「そもそも、白瀬が傘に入れてくれたら、こうも濡れる事はなかったんだけれど」
「お生憎様。折りたたみ傘に大の大人が二人も入っちゃ、肩がはみ出ちゃうじゃない。
 普段から準備していないあんたが悪いのよ」
「むうう……」
 それ以上言い返す事のできない小波は言葉に詰まるが、言い返すのを諦めた。
「……雨が気持ち悪いから、ちょっとシャワー浴びる」
 肩を竦めて、備え付けのバスローブを手に取りながら、白瀬に告げる。
「はい、どうぞー」
 
 白瀬の言葉を受けて、小波は浴室へと消えていった。
 そして、白瀬は部屋に一人残される。
「ふうん」
 室内を一瞥する。
 二人が雨宿りの為に駆け込んだラブホテルは、ごく一般的な作りであった。
 小さなテレビの横には、アダルトチャンネルの番組表。
 腰掛けているのは、弾力性のあるダブルベッド。
 ベッドの傍には一人暮らし用の冷蔵庫と、アダルトグッズの販売機が備え付けられている。
 
「……私もあいつも現実的だし、
 単に雨宿りという理由でここに入ったわけだけれど、
 いざ入ってみると……」
 ベッドから立ち上がる。
 上着をベッドの上に投げ出しながら、小声で呟いた。
「……意識しちゃうわね」
 
 ふと、サァァ、とシャワーの流れる音が聞こえてくる。
 どうやら、小波がシャワーを浴び始めたらしい。
 白瀬は、シャワーを浴びる彼の姿を想像する。
 だが、脳裏に浮かんだ彼の鍛え上げられた裸体に対しては、性欲よりも先に劣等感を感じる。
「……身体能力じゃ、あいつに勝てた事はないのよねえ。
 男女の差といえばそれまでだけれど、
 やっぱり、一つくらいは勝ちたいのよね」
 ふぅ、と深く嘆息する。
 が、すぐにある事を閃き、彼女は大きく目を見開いた。
 考え込む事三秒。
 決断は早かった。
「……でも、あれなら……」
 
 
 ガララッ!
 
 唐突に浴室の扉が開かれる。
「!?」
 シャワーを浴びている最中の小波は、素早く振り返った。
 まっさきに彼の心中に浮かんだのは、これも職業病の一種であろうか、襲撃者の可能性であった。
 扉の前には、一糸まとわぬ姿となった白瀬の姿があった。
 無駄なぜい肉のない、鍛え上げられた身体。
 それでいて、尻、腰、胸、肩と、女性らしい丸みをしっかりと帯びた身体。
 ナイスバディ、という言葉が脳裏に浮かぶ。
 何の前触れもなく入ってきた彼女に対し、心臓が強く鼓動する。
 襲撃者の方がまだ落ち着けたとさえ思う。
 嫌でも、一種の期待を抱いてしまう。
 だが、それを必死に押しとどめながら、彼は冷静を装った。
「し、白瀬……シャワー使いたいなら、もう少し……」
「ばっかじゃないの、あんた」
 小波を鼻で笑いながら、白瀬は彼に近づく。
「そんなご挨拶なんかいらないの。
 遠慮せずに本音言っちゃっていいのよ?」
「本音って……」
 狼狽えながら呟く小波。
 一方の白瀬は、すぐに彼のすぐ傍へと来た。
 シャワーが掛かるのも厭わず、彼の胸に手を押し当てながら、上目遣いで告げる。
「……えっちな事始まるのかな、って思ったんでしょ?」
 見透かした彼の心中を貶すような、冷たい口調であった。
「そ、それは……ぐむぅ……」
 言い訳しようとした小波の口を、白瀬の口が塞ぐ。
 同時に彼女の舌が、蛇のようなうねりを見せながら小波の口内を襲う。
 CCRに房中術のトレーニングはない。
 よって、この手の事に限っては、小波は一般人とまるで変わらず……
 要するに、されるがままであった。
 
「んっ、ん、ん、んんんんーっ!!」
「はむ、くちゅ、くちゅっ……」
「んん、んんんーっ!」
「くちゅ、ちゅ、ちゅっ……」
「ん、んん……」
 執拗なディープキス。
 更に、彼女が体ごと壁際に押し寄せてくる。
 小波は身を捩って抜け出そうとする。普段の彼であれば力押しで押し返せるものである。
 だが、彼女の胸の柔らかな弾力を感じる事によって、強烈な脱力感を感じ、押し返す手に力は篭っていない。
 加えて、強烈なディープキスによって窒息感を感じている事も、力が入らない一因だろう。
「ぷはっ!」
 さすがに白瀬も呼吸が苦しくなり、唇を離す。
 だが、前準備のできていた彼女とは異なり、不意打ちを受けた小波の息苦しさは彼女以上のものであった。
 長く続いたディープキスは、いつしか窒息感と同時に恍惚感をもたらしていた。
 どことなく快感の伴う気の遠さは強烈で、解放された後も、小波は体に力を入れる事ができなかった。
 
 
「あ、う……」
「ふふっ、まだまだこれからなんだから、しっかりしなさいよ」
 白瀬は愉快そうに笑みを浮かべると、今度は小波の首元に顔を寄せ、耳たぶを甘噛みする。
「はふ!」
「ほぉら、いくわよ?」
 白瀬は舌を出し、彼の首、顎、喉、首筋と、舌の先端を器用に這わせる。
 その繊細な感触に、小波の体からは一層力が抜ける。
「し、白瀬……そういう事するなら、ベッドで……」
「ベッド、ねえ。それも悪くないけれど、あんたちょっと勘違いしてるわね。
 セックスしたくないといえば嘘になるけれど……
 私はそれよりも、あんたを弄びたいの」
 白瀬が再び上目遣いで笑いかける。
 彼女の瞳には、優越感が篭っていた。
「ほおら、悶えなさい?」
「ち、ちょっと……はふっ!」
 白瀬の舌が首筋から胸へと一気に下る。
 その舌先が小波の乳首を強襲すると、小波の身体は明らかにビクついた。
 そんな彼を挑発するかのように、舌は乳首の周囲をぐるぐると周回する。
 襲い来るもどかしさ。
 そのもどかしさと比例して、小波のペニスはいつの間にか大きく反り返っていた。
「はい、次ぃ」
 白瀬は両手を小波の太ももに回しながら、舌も下半身に移した。 
 股間を避け、舌が内股に襲いかかる。
「あ、あう、ふうっ……」
「大分力が抜けてきたみたいね。これなら……」
 
 不意に白瀬が小波の足を引いた。
 足をすくわれるが、背中は壁にもたれかかったまま。
 小波はずり落ちるようにして、浴室の床に尻を付いた。
「し、しら、せ……待って……」
「待つわけないじゃない」
 小波を見下ろしながら告げる。
 彼女の表情はこの上なく愉快そうで、小波は獲物にでもなったような錯覚を感じる。
 ほぉら、今日も任務お疲れ様。
 私がご褒美をあげるわ……」
 白瀬が唐突に小波のペニスを踏みにじった。
「は、ああっ!!」
「あらら、なあに、その叫び声。
 こっちもびくんって反応しちゃったわね」
 白瀬が土踏まずでペニスを弄ぶ。
 ただそれだけの行為。
 なのに、小波のペニスの怒張はこの上ないものとなっていた。
「や、足とか、やめ……」
「やめないわよ。楽しいもの」
「あ、あふっ!!」
 足の動きが一層機敏になる。
「ふふ、足で刺激されて感じるなんて、屈辱よねえ」
「あ、あう、あっ……」
「足って、どう考えても他人を扱うような部位じゃないものね。
 なのに、そんな所で踏みにじられて、悶えてしまうなんて、
 屈辱以外のなにものでもないわよねえ。
 あんたが、ドMだったなんて驚きだわ」
 事実であった。
 ペニスを足蹴にされる屈辱感と背徳感。
 初めて経験するそれは、痺れるような快感を小波にもたしていた。
 脳裏の片隅で、自分はそういう性癖だったのだろうか、と思う。
 そして、それを認めたくなかった。
 事実だとしても、唐突に襲われ、自身の弱さを馬鹿にされるのは、真の意味での屈辱であった。
 
 
「な、なめる、な……」
「あらあら。そこまで醜態を見せておきながら、まだ強気じゃないの」
 白瀬が再びぐりぐりと踏みにじり、小波の体が跳ねる。
 いつの間にか、小波は強い射精感を覚えていた。
 だが、それだけはならない。
 それに至っては真の敗北である。
「ほーら、素直になっちゃいなさい?
 気持いいって認めちゃいなさい?」
「だ、誰が……」
「認めなさいっ!!」
 足指がペニスの先端を襲う。
「あ、あああああっ!!」
「ほぉら! これがあんたの性癖よ!
 女になぶられて情けない声を漏らす!
 足なんかで踏まれて感じてしまう!
 天下のCCRの隊員さんが、情けないものねえ。
 身体能力では優っても、こっちじゃ私には勝てないみたいね?」
「あ、ああ……」
 心を折るような白瀬の罵倒。
 責めの一種だと分かっていても、それに身を委ねたいという欲望が襲いかかる。
 
「ほら、言っちゃいなさい?
 私は白瀬さんの足に完全敗北した惨めで卑しい犬っころです、って。
 ………言ったら、トドメさしてあげるわよ」
「あ、う、あ……」
「ほらほらほらっ!」
 裏筋を指先でなぞられる。
 親指と人差し指でペニスを挟まれ、軽くなぞられる。
 かかとに力を込められ、強引に潰される。
 次々と襲い来る弄び。
「あ、ああ……」
「……認めたいんでしょ?」
 それこそ、家畜でも見るかのような冷たい視線で小波を見下ろしながら、足を高速で振動させる。
 白瀬が冷酷に告げた言葉が脳裏から離れない。
 そう。
 認めたいのだ。
 真の敗北だとか、男だからとか、もうどうだって良い。
 脳裏にわずかに残っていた理性は、醜態を晒すなと告げたが、
 その他の大部分は足で無様にイカされる事を認めたいのだ。
 そして、彼女にそれを指摘され……ついに小波の心は折れた。
 
 
「あ、ああああああっ! もう……だ、だめっ!
 わ、私はっ!
 私は、白瀬さんの……白瀬さんの足に完全敗北した……
 惨めで卑しい犬っころですうううううっ!!!」
「あはははははは! とうとう認めたわね!
 変態! このド変態! ザコっ!!」
 小波の宣言に、白瀬は甲高い笑い声を上げた。
 それから、投げ出されている彼の両足首を掴んで持ち上げる。
 足はなおも小波の足にあてがったまま。
「あ、ああ……これ、は……」
 力ない声でそう漏らしながら、自分を弄ぶ白瀬を見上げる。
 屈辱感と敗北感にまみれ、それでいてそれに強い快感を感じている小波の胸に、これから起こる事に対する強い期待が湧き上がる。
「そうよ。あんたも知ってるわよね。
 ほおら、イキなさいっ!!」
「あ、ああああああああああああああっ!!」
 白瀬が唐突に足を振動させ、小波は思わず両手を頭に当てて上半身をよじった。
 下半身を拘束されたままで、鍛え上げられた足によって高速で快感を叩き込まれる。
 いわゆる、電気あんまである。
「ほら、ほら、ほらほらほらほらほらっ!」
「あっ、いっ、いいっ! きもち、い……ああああっ!」
「情けないわ。ほんっとうに情けない。
 だけれど、それがあんたにはお似合いね。
 ほら、もっと泣き叫び、懇願なさい!」
「いっ、いいっ! きもち、いいですっ……!
 足で、電気あんまで無様に踏まれるの、
 悔しいのに、恥ずかしいのに……きもちいいですうっ!
 いかせて、いかせてくださいっ!」
「ふん」
 白瀬は眼下で無様に支配され悶える小波を鼻で笑う。
 彼の醜態に優越感を感じ、冷たい視線で見下ろす。
 それから、足に一層の力を込める。
「それじゃあ、お望み通りに!
 ほら、無様にイキなさい、小波っ!!」
「ああああああっ!」
 凄まじい振動が小波のペニスを襲う。
 もう我慢の限界に達していたペニスは、更なる振動に耐えきれるはずもなく、
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……ダメ……いくうううううっ!!!!」
 小波は、無様に敗北の証を撒き散らした。
「あらあら、醜態ねえ」
 白瀬はそんな小波を嘲笑いながら、なおも足を振動させた。
「あ、ああっ? し、白瀬、いった、もう、いったっ!」
「だから何なの?
 これだけで遊び足りるわけがないじゃない。
 さ……今日はあんたに徹底的にトラウマ刻んであげるから、覚悟しなさい?」
 白瀬はにっこりと微笑んだ。